民法819条(単独親権制度)改正を求め共同親権・共同監護制度の導入・ハーグ条約締結の推進と活動を行っています

子どもの気持ち

離婚への偏見により、両親が離婚した子どもたちの声を聞くことはされてきませんでした。平成24年の民法改正やハーグ条約批准の議論が活発になり、子どもの声に耳を傾けようとする報道機関が増えてきました。
子どもが意見を表明する権利は、「子どもの権利条約」でも規定されており、改正された家事手続法では、子どもの意思を確認する手続きの運用が始まっています。
子どもたちも勇気をもって、両親の離婚による苦しみなどを声をあげてくれています。それらの声を報道から紹介します。

(いま子どもたちは)親が離婚した…:記事

オルジナル記事1~8

(いま子どもたちは)親が離婚した…:8 欠陥だらけの家族だけど、幸せ

出典:平成25年2月3日 朝日新聞

親が離婚した…:8 欠陥だらけの家族だけど、幸せ

 京都府の同志社大学2年の山田光瑠(ひかる)さん(20)はステップファミリー(子連れ再婚家庭)で育った。前夫と離婚した母(52)が、姉(28)を連れて父(53)と再婚。その後、山田さんと弟(17)が誕生した。
 新たな夫婦間で生まれた子は、家族の絆を固める存在とさ…
(以下、記事参照)

(いま子どもたちは)親が離婚した…:7 会う度「ごめんね」しんどいよ

出典:平成25年2月2日 朝日新聞

親が離婚した…:7 会う度「ごめんね」しんどいよ

 2004年12月、新潟県。雪の降る日、母(44)が突然、家出した。高校2年のリョウガ君(17)は9歳、妹で小学6年のミウさん(12)は4歳だった。
 「仕事に追われ、家を大事にしていなかった」。父の片山知行さん(41)が必死で行方を捜した。だが、再会したときには母の離婚の意思は固かった。
 親権をめぐってもめた。実家に頼れることや学校のことなどを考え、片山さんが育てることになった。「子どもらは母親の方がよかったのかもしれないし、本当に申し訳なかったけれど、黙ってついてこいって」
 翌年、父子3人の生活が始まった。……
(以下、記事参照)

(いま子どもたちは)親が離婚した…:6 いくらクズでも父は父

出典:平成25年2月1日 朝日新聞

親が離婚した…:6 いくらクズでも父は父

 父(47)がおかしくなったのは小学5年のころだった、と大阪府の高校1年生タツヒロ君(15)は振り返る。「それまでは仲が良くて、裕福な家庭だった」
 酒を飲んでは怒鳴り、暴れるようになった父。靴をそろえていない、野球が下手だ、食事の仕方が悪い――。常にイライラして…
(以下、記事参照)

(いま子どもたちは)親が離婚した…:5 父じゃない男に怒鳴られて

出典:平成25年1月31日 朝日新聞

親が離婚した…:5 父じゃない男に怒鳴られて

 警察庁によると、2011年に検挙された児童虐待の加害者は養父や継父、母親と内縁関係にある男性が計142人(35%)。実父134人(33%)、実母119人(29%)を上回った。
 千葉県の中学3年のヨシト君(15)にとって、それはひとごとではない。昨夏、母(43)…
(以下、記事参照)

(いま子どもたちは)親が離婚した…:4 母と2人で生きていく

出典:平成25年1月30日 朝日新聞

親が離婚した…:4 母と2人で生きていく

 福島県が震度6強の揺れと、大きな津波に襲われた2011年3月11日。海から約1・8キロの自宅にいた高校3年のユウキ君(18)は、同居する祖父母の手をひき、母のミサさん(46)とともに親類の家へ避難した。自宅は半壊。親類や同じ学校の生徒が亡くなった。…
(以下、記事参照)

(いま子どもたちは)親が離婚した…:3 「お父さん、一緒に帰ろう」

出典:平成25年1月26日 朝日新聞

親が離婚した…:3 「お父さん、一緒に帰ろう」

 1月20日、東京都内の児童施設は親子連れでにぎわっていた。「待て待てー」。会社員のケンジさん(44)は、遊具の間をうれしそうに走り回る娘のカヤノちゃん(4)を汗だくになって追いかけた。親子のありふれた触れ合いに見えるが、2人が会ったのは4年ぶりだった。
 カヤノちゃんが生まれてすぐ、ケンジさんと妻のミユキさん(26)は別居した。ミユキさんがカヤノちゃんを育てながら協議を続け、昨年7月、離婚が成立した。離婚の条件として、養育費の支払いとともに、カヤノちゃんとの定期的な面会交流が約束された。
 もともと面会交流を希望していたのは、自身も離婚家庭で育ったミユキさんだった。生まれる前に別れた父のことを何も聞けないまま、小学3年のときに母が病気で亡くなった。「私には何かあったときに帰る場所がない。自分の親の情報を知っておくのはとても大切なこと」
 カヤノちゃんには時々、父がいることを聞かせてきた。娘は「背が高くて、かっこいい人がいいな」と無邪気に話していた。でも、別れた夫に会うのは気が進まない。娘をケンジさんと2人きりで会わせることにも抵抗があった。「連れて行かれたらどうしよう。私の悪口を吹き込まれたらどうしよう」
 弁護士に紹介されたNPOびじっと(横浜市)に面会交流の支援を依頼。理事長の古市理奈さん(41)に同席してもらうことにした。古市さんは「子どもを一方だけの所有物にしてはいけない。両親から愛されている実感は、子どもの成長に欠かせない」と話し、ケンジさんとミユキさんにエールを送る。
 この日の面会は、古市さんの提案で3時間。遊具で遊び、絵を描いて、父と娘の時間はあっという間に終わった。
 ミユキさんが迎えに来た。抱っこしていたケンジさんがカヤノちゃんを下ろす。カヤノちゃんはミユキさんに手を引かれながら、もう片方の手でケンジさんの手を握った。「楽しかった。お父さんが作ったおにぎりおいしかった。一緒に帰ろう。今度はもっといっぱい長ーく遊ぼう」
 (古田真梨子)

(いま子どもたちは)親が離婚した…:2 父に会えば、きっと幸せに

出典:平成25年1月25日 朝日新聞

親が離婚した…:2 父に会えば、きっと幸せに

「お父さんに会いたい」
 神奈川県に住む中学2年の女子(14)はそう願う。
 1歳のときに母と別れ、どこで何をしているのかわからない。会っても何を話せばいいのかわからない。でも――。「父を知らないから、自分のこともわからない気がする。いつまでも自分に自信が持てず、大人になれないようで怖い」
 一人っ子。祖父母の家に同居し、母はパート勤務で深夜まで帰宅しない。その母は時々、自分に八つ当たりをしたり、一人で遊びにでかけたりする。「私はきっと望まれて生まれたわけじゃないんだ」
 母は未婚のまま自分を生んだのだと勝手に思い込んでいた。離婚の事実を知ったのは小学2年のとき。学校の授業で、赤ちゃんのころの写真が必要になった。母が出してきた写真には、生まれたばかりの自分に添い寝する母と、笑顔でピースサインをしている「知らない男の人」が写っていた。なんだか幸せそうに見えた。
 「あなたにはお父さんがいる。今は事情があって別れて暮らしている」。それだけ言うと、母は泣き出してしまった。驚くとともに、「これ以上は母に聞いてはいけないんだ」と感じたという。
 母の外出時をねらい、自宅の棚やタンスなどをあさった。ようやく見つけた母子手帳で、父の名前を知った。東京の住所が記されていた。
 「お父さんは東京にいる!」
 小学4年の授業で「学校から見えるもの」を写生するよう言われた。見えるはずのない東京タワーを描いた。一人で電車を乗り継ぎ、母子手帳の住所を訪ねたこともあるが、見つけられなかった。インターネットで氏名を検索してもみたが、今も所在はわからない。
 寂しさ、悲しさ、悔しさ。感情にフタをして「サイボーグのように」日々をやり過ごしてきた。「お父さんに会えば、幸せになれる。自分でそう期待しているんです」。昨年末、母に内緒で父へのクリスマスプレゼントの紺色のマフラーを買った。いつか会う日のために、机の奥に大事にしまってある。
 (古田真梨子)

(いま子どもたちは)親が離婚した…:1 親への恋しさ、我慢した

出典:平成25年1月24日 朝日新聞

親が離婚した…:1 親への恋しさ、我慢した

 「お父さんが出ていく日、泣かないようにして下を向いて見送りました。その後、玄関に座り込んでずっと泣いていました。不仲なのはわかっていたけれど、子どもとの関係まで壊さなくていいと思いました」(小学6年女子)
 「母が毎日のように離婚した父の悪口を言うのがつらい」(中学1年女子)
 「母の新しい彼氏を受け入れられない。誰にも相談できず、一人で考え込んでしまう」(高校2年女子)
 親の離婚や再婚を経験した子どもたちを支援するNPO法人Wink(東京都新宿区)のウェブサイトにある掲示板には、子どもらの悲痛な思いが、途切れることなくつづられていく。
 「がんばりすぎちゃダメ。悩みを話せる友だちはいますか」
 「本音を言えない気持ち、わかります。言ったら家族関係が壊れちゃうしね」
 Winkの新川明日菜理事長(24)は、一つひとつ丁寧に返信する。「親の離婚を経験した子どもの大半は、親友にはもちろん、同居する家族にも本当の気持ちを隠している」と話す。
 東京都出身の新川さんも、離婚家庭で育った。最初の離婚は0歳の時。その後、母が再婚、離婚、事実婚を繰り返し、成人するまでの間に3人の「父」と暮らした。「母は子どもより恋愛が大切な人。父だった人も、みんな去っていった。自分の家庭はふつうじゃないと思い、自己肯定感が低かった」
     *
 13歳のとき、実父が唐突に養育費を支払うようになった。記憶にない実父に興味はなかったが、誕生日の月に支払いを上乗せしてくれたとき、「会ってみたい」と心が動いた。
 東京都台東区のJR上野駅で待ち合わせ、2人で食事をした。再婚していた実父は、新川さんが赤ちゃんだったころの写真をボロボロの状態で持っていた。離婚を謝り、「こんなにいい子に育ててくれて感謝している」と母への思いを口にした。
 「自分を愛してくれる人がいる」。新鮮で温かい発見だった。大嫌いだった母との関係も、少しずつ改善した。
 自分と同じように悩む子どもたちの声を聞いてあげたい――。2010年、Winkの活動の一環として、子どもたちに同じ境遇で育った大学生らを家庭教師として派遣する事業を始めた。離婚や1人親家庭の親への支援はあっても、子どもの支援は少ない。そんな現状を変えたかった。
 現在、家庭教師は35人。その一人、都内の大学1年加藤涼也さん(19)は、訪問先の小学4年の男の子にかつての自分を重ねている。昨年のクリスマスイブ。「ケーキを買ってやる」と言うと、「そんなのいらない!」と断られた。やさしさに慣れないため、わがままを言えず、甘え方がわからない男の子。そんな姿を見るのがつらかった。
     *
 かつて加藤さんも、遠慮しがちで、冷めた目で周囲を見る子どもだった。ともに20歳で加藤さんを授かった両親は、3年後に離婚し、母方の祖父母に育てられた。母は仕事に忙しく、2週間に1回帰ってくる程度。父とは小学1年のときに1度だけ会ったきりで、どこで何をしているのかわからない。
 泣いた記憶は1回だけだ。小2のとき、家で偶然、両親の結婚記念につくられたオルゴールを見つけた。両親の名前が刻まれた箱をパカッと開けると、流れてきた曲は、中山美穂とWANDSの「世界中の誰よりきっと」。互いを思いやる気持ちを歌い上げた愛の歌に、涙が出て止まらなくなった。
 「我慢してるつもりはなかったんですけど……。やっぱりしんどかったのかな」。祖父母には、たくさんの愛情を注いでもらった。それでも、「両親が恋しい。友だちと自分の間に距離を感じることが多かった」。
 今夏、20歳になる。母に父のことをきちんと聞いて、会いに行くつもりだ。20歳で父親になった父に「同じ年になったぞって言いたい」。好きだったと聞かされているたばこを一緒に吸って、「どこか似ているところを見つけられれば最高です」。
     ◇
 置き去りにされがちな離婚家庭の子どもたちを取材した。(古田真梨子)

 ◆離婚する家庭の子ども、年に20万人 強い偏見、心に負担も
 厚生労働省の人口動態調査では、2011年に親が離婚した未成年の子どもは23万5200人。90年代半ばから20万人台が続き、最多だった02年は29万9525人。その後は減少傾向だが、早稲田大学の棚村政行教授(家族法)は「婚姻数も減っている。離婚が減っているという実感はない」と話す。
 日本では、子どもがいても、夫婦間の合意だけで離婚することができる。離婚後の親子関係について十分な話し合いがなされず、子どもが片方の親と断絶するケースも多い。棚村教授は「親同士のいさかいと、子どもの利益を分けて考えなければいけない」と指摘する。
 昨年4月1日、離婚届に「面会交流」と「養育費」について取り決めをしたか否かを尋ねる欄が新設された。記入しなくても離婚はできるが、法務省は「夫婦に協議する機会を与えられれば」と親たちの意識改革に期待を寄せる。
 東京国際大学の小田切紀子教授(臨床心理学)は「日本では離婚家庭への偏見が強く、『うちは普通じゃない』と心を閉ざす子も多い。親は子の気持ちに最大限の配慮を」と訴える。
 小田切教授は、米オレゴン州で離婚家庭の支援を研究している。同州では、離婚する親は、子どもに与える影響を学ぶプログラムを受講しなくてはならないという。「子どもの健全な成長が共通の願いであることを確認することで、子どもの心の負担が減る」と話している。

更新 2013-02-03 (日) 11:44:00
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