民法819条(単独親権制度)改正を求め共同親権・共同監護制度の導入・ハーグ条約締結の推進と活動を行っています

トピック

続「共同親権の展望」(下)海外の厳しい目

出典:令和元年10月13日 中日新聞

続「共同親権の展望」(下)海外の厳しい目 早川昌幸(読者センター)

 フランスの人権派弁護士ジェシカ・フィナーリさんの法律事務所(パリ)は今年八月、国連の人権理事会(HRC)に対し、「日本の“実子誘拐”が重大な人権侵害に当たる」と申し立て、受理された、と発表した。
◆実子連れ去りを非難
 フィナーリ弁護士らは、NPO法人「絆・チャイルド・ペアレント・リユニオン」(東京)の推計データを基に「毎年十五万人の子どもたちが、片方の親によって不法に連れ去られ、子どもの最善の利益という基本的人権が尊重されていない」と非難した。九月二十日には、同じ事務所のフランソワ・ジムレ弁護士(元人権担当フランス大使)が、フランス人で当事者の一人、ビンセント・フィショーさんとともに参院法務委員会のメンバーを訪ね、連れ去りの“被害”を訴えた。
 フィショーさんは一年前、東京・世田谷の自宅に帰ってくると、日本人の妻と三歳の息子、十一カ月の娘が姿を消していた。フィショーさんによると、「離婚の示唆」はしたが、具体的な話し合いは何も進んでいなかった、という。
 ことし六月、来日中のマクロン大統領がフランス大使館で日本国内の当事者と面会。親としての悲痛な思いを共有し、後日、夕食を共にした安倍晋三首相にこの問題について述べた。今回の一行の国会訪問は、それを踏まえての行動という。
 欧米で主流の「共同親権」は、離婚後も父母の双方が養育・監護に責任を持つことが、子どもの利益につながるとの考えに基づく。日本は二〇一四年、国際結婚の破綻時に子どもの連れ去りを防ぐハーグ条約に加盟したが、面会交流の実情は先進国の標準とはほど遠い。その元凶が「単独親権」とみられているのだ。自らの意見を表明できない幼子の場合、誰かが代弁しなければならないという「世界の常識」をあらためて国内でも共有する必要があるだろう。
 愛知県内の大手メーカー社員の男性(43)は「試行的面会交流」でたった三十分間、四歳の長女と〇歳の長男と触れ合ったきり、会えない状況が続く。
 父親側の弁護士によると、家裁調査官から裁判官あてに「父子交流の機会を設けることが相当と考える」との調査報告書が出たが、妻側の代理人弁護士は裁判所で「面会交流はしない。離婚したら会わせる」との一点張りだった。その主張に裁判官も疑問を投げ掛けているという。男性にとって救いになった娘からの手紙には、こうつづられている。「みんなでいたいよ」「かくれて ごめんね」「パパ だいすきだよう」
 米国の事情に詳しい棚瀬孝雄弁護士(76)によると、カリフォルニア州では「離婚または別居後も、両方の親が子育ての責任と権限を共有することが州の公共政策である」と宣言。面会交流について「頻回かつ定期的」と踏み込んだ内容を規定している。改正民法七六六条は面会交流の取り決めを定めたが、明示的な指針は与えられていない。
 一六年三月、千葉家裁松戸支部が夫を親権者とした「松戸判決」。後に、高裁で同居親を重視する従来の「継続性の原則」を踏襲し、妻が逆転勝訴し、最高裁も夫の上告を受理しなかったが、面会交流を相手方に幅広く認めた方を親権者とする「寛容性の原則」を適用した一審は、日本では「異例」と注目を集めた。
 一審家裁支部は「(親権者になった場合)妻に娘を年間百日会わせる」「その約束を破った場合は親権者変更に応じる」との夫の提案を評価し、夫を親権者とする判決を下したのに対し、二審東京高裁は「面会の重要性は高くない。年間百日の面会は近所の友達との交流などに支障が生ずる恐れがあり、子の利益になるとは限らない。子は妻との同居で順調に成長しており、妻が親権者として適当」と判示した。その後、妻は娘を夫に面会させることもなく、娘は父親と九年以上会えないでいるという。
 離婚後単独親権違憲訴訟の原告代理人・作花知志(さっかともし)弁護士は、再婚相手からの児童虐待事件を例に「親権者が一人に減ることで、侵害される子どもたちの基本的人権をどう守っていくのか」と問題提起し、「共同親権の導入後を見据え、子どもを守る諸施策の議論は、もう始めていなければならない」と訴える。
◆両方の親で見守りを
 外国特派員協会での会見をきっかけに、関心を持ったという米有力紙ワシントン・ポストのサイモン・デニヤ東京支局長は、日本の現状をこう危惧する。「子どもには両方の親に見守られる権利があるし、(危険な状態が生じないという前提で)片方の親がそれを拒む権利はないと思う。すべての西洋人の考えを代弁することは、もちろんできないが、多くの人が日本の問題点を同じように感じているのではないか」

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「娘が車のトランクに」日本で横行する実子誘拐 「連れ去り勝ち」にEU各国が抗議

出典:令和元年10月10日 PRESIDENT Online

「娘が車のトランクに」日本で横行する実子誘拐 「連れ去り勝ち」にEU各国が抗議

日本は離婚すると親権が父か母のどちらかにうつる。だが、こうした「単独親権」を採るのは、G20の中で日本とインド、トルコだけだ。ほかの国では離婚後も父母ともに親権がある「共同親権」のため、国際結婚ではトラブルが起きやすい。なかでも深刻なのが相手の了解なしに子どもを連れ去る「実子誘拐」だ——。

娘は車のトランクに入れられて「誘拐」された
2018年8月、東京・世田谷に住むフランス出身のヴィンセント・フィショ氏は、仕事から帰ると自宅が空っぽになっていたことに愕然とした。妻と3歳の息子、11カ月の娘が、忽然
こつぜんと姿を消していた。一体何があったのか……。
両親の離婚後、子どもの親権について父親か母親かのどちらかに帰属する「単独親権制度」を採る日本。「相手方に取られる前に子どもの親権を自分のものにしたい」と、ある日突然、実子を連れ去る「実子誘拐」が横行し、外交問題にまで発展しようとしている。
フィショ氏の場合、妻側の弁護士から後日「今後のご連絡等はすべて当職までいただきたい」とする紙切れ一枚が届き、以来、子どもと会うことはおろか、連絡を取ることもできず、何をしているのかもわからない状態だ。
後で防犯カメラの映像を確認すると、彼の娘は自宅のガレージから車のトランクに入れられて実の母親によって「誘拐」されたという。「実子誘拐は児童虐待で、深刻な人権侵害だ。日本はなぜこのようなことがまかり通るのか」と彼は憤る。

「子どもたちの権利のために闘いたい」
イタリア出身で東京在住のトッマーソ・ペリーナ氏は、妻が休暇で2人の子どもを連れて実家に帰った際、その数日後に妻から「離婚したい」と告げられたという。ペリーナ氏は、2017年8月から息子と娘に会えていない。
仙台家庭裁判所は、彼に子どもと会うことができる「面会交流権」を審判で認めたが、彼の妻はその命令の受け入れを拒否し、住所も変えてしまった。日本の警察は、彼の子どもたちの居場所を把握しているが、イタリア大使館が警察や外務省に問い合わせても回答はない。
ペリーナ氏は、子どもに会うために、さらに同家裁に「調停」を申立てることになる。このような家裁の手続きの慣習により、連れ去られてから再び会えるまで、さらに長い時間を要することになる。子どもに会えないまま、すでに2年がたっている。
「子どもたちには、父親、母親の両方と一緒にいるための権利がある。自分の権利のためではなく、子どもたちの権利のために自分は闘いたい」と彼は「宣戦布告」する。

世界でも珍しい「単独親権制度」の日本
フィショ氏もペリーナ氏も、それぞれの大使館を通して子どもたちの身の安全を確認するよう要請しており、各国大使は日本に滞在している本国の未成年者の住所や健康事情などを把握する責任があるが、これに対する協力を別居親自身も日本政府も、拒否している状況だ。これについての大使の権限はウィーン条約の取り決めのため、この条約を日本は守っていないことになる。
単独親権制度は、世界でも珍しくG20の中では日本とインド、トルコのみだ。ほかの国は離婚後も両親ともに親権がある「共同親権」制度となっている。
フィショ、トッマーソ両氏のようなケースは、日本人同士の夫婦においても横行しており、これまでに数十万人の子どもたちが一方の親から引き離されている。
近年の国際結婚の増加により、外国人がこうした「連れ去り」の被害者となり、日本政府や国連への抗議活動を行い、こうした問題を指摘し始めた。それによって、今、深刻な外交問題となりつつある。

26人のEU加盟国大使が日本に文書を提出
子どもたちが日本で誘拐されて以降、日本に住み続けているフィショ、ペリーナ両氏は、ヨーロッパで、この問題への関心を向ける政治的な働きかけも行う。昨年、26人のEU加盟国大使が親に会う子どもの権利を尊重するよう日本に訴えかける文書を出したが、その動きを後押ししたのも彼らだ。
今年6月には、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が、フィショ氏やほかのフランス人の父親と会談。安倍晋三首相に彼らの状況について問題提起した上で、「容認できない」と言及した。
イタリアのジュゼッペ・コンテ首相もまた、6月に大阪で開催されたG20のグループ会議でイタリアの両親の権利について安倍首相と話した。以来、フランスとイタリアのメディアは頻繁にこの問題を取り上げている。
8月、フィショとペリーナ両氏は、ほかの7人の父親と1人の母親とともに、米国、カナダ、フランス、イタリア、日本にいる14人の子どもの代理として、国連人権理事会に正式に告訴を申立てた。今の状況が、「子どもの権利条約」および「国際的な子の奪取に関するハーグ条約」に大きく違反しているためだ。

国連は法律の改正を日本政府に勧告した
日本は1994年に子どもの権利条約に批准しているが、「児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する(9条1項)」などとする条約内容に明確に違反する状態となっている。
このため、国連の子どもの権利委員会は今年2月、共同親権を認めるために離婚後の親子関係に関する法律を改正することを日本政府に勧告した。日本が「単独親権」の状態のまま問題を放置していることを、国際社会から公然と非難されているということだ。
この問題に取り組む上野晃弁護士は、日本人同士の夫婦で同じように事実上誘拐され、もう一方の親との接触を断たれる子どもたちは「年間数万人に上る」と話す。多くの場合、父親が連れ去りの「被害者」となるが、彼らが子どもに会おうとしても、政府や裁判所は助けてはくれない。
裁判所は、これまでの子どもの生活拠点を優先する「継続性の原則」を適用して、一方の親(たいていは母親)に親権を与える。また、刑法の未成年者誘拐の規定は「実の親はのぞく」といった規定は設けられていないにもかかわらず、実の親が子どもを連れ去った場合は、誘拐には当たらない慣習となっている。時間がたって子どもが新しい環境に馴染
なじめば、「誘拐」の事実はなかったことになり、連れ去った側のみに親権が与えられることになる。

「DVがあった」と主張すれば親権が奪える
上野弁護士は、「問題は日本文化に深く根差している」と言う。伝統的に、子どもは一人の人格を持った人間というより、「家の所有」と考えられている。子どもが新しい家に移されると、引き離された側の親は、新しい家に介入する権利のない「部外者」にされてしまう。「数え切れないほどの数の子どもを奪われた日本の親たちが沈黙を強いられている」と語ります。
また、日本では、ドメスティックバイオレンス(DV)の申立ての真偽を評価する仕組みがなく、その結果、DVの申立ては離婚の際に当たり前のようになされる。DVの申立てをすることで、相手方と子どもとの交流を拒否する根拠となり、「確実に親権を奪える」ことになる。
フィショとペリーナ両氏はどちらもDVの申立てがなされ、その主張を覆すことができた。フィショ氏は、妻が「家に閉じ込められていた」と主張した2週間の間に買い物と外食をしていたことを、領収書や銀行取引明細書、写真などで証明し、ペリーナ氏に対する申し立てについては、裁判所は「虚偽である」と判断した。

裁判所はフィショ氏の親権の主張を退けた
今年7月、DVの認定はされなかったものの、裁判所はフィショ氏の親権の主張を退けた。裁判官は、「妻は1年以上子どもの世話をしており、子どもたちの教育により深く関わり、より多くの愛情を持っていた」と判断したのだ。車のトランクに子どもを入れて連れ去ったことについては、「本人かどうか特定できない」。フィショ氏は、「家のガレージから連れ去られて、母親ではないなら誰なの? それこそ大事件でしょ」とその判断のおかしさを指摘する。もっともだ。
こうしている間にも、単純計算で数十人の子どもたちが国内で一方の親から引き離されているかもしれない。フィショ、ペリーナ両氏は、今後も国内外で訴えを強めていくという。
国内の政治家、行政、裁判所も、海外からの声にようやく、重い腰を上げる時が来た。実子誘拐が犯罪となり、子どもたちが親から引き離されなくなる制度が実現する日が、もう目の前に来ている

DV被害、追い出し離婚…、共同親権を望む母親たちの声

出典:令和元年10月8日 Yahooニュース

DV被害、追い出し離婚…、共同親権を望む母親たちの声

これまで日本における子どもの連れ去り被害や、共同親権を望む当事者の声は父親がほとんどでした。しかし、実際には母親の側も共同親権を望んでいるのです。特にDVの被害に遭い、しかも親権をとれなかった別居母親たちの声は全く社会には届いていません。
共同親権の説明についてはこちらの記事をご覧ください。
日本でも離婚後の「共同親権」導入を(親子が親子であることを当たり前の社会へ)
今回は、追い出し離婚によって子どもたちと引き離された母親と、DVの被害に遭い子どもたちと一緒に逃げ出した母親について取材しました。

現代にも残る「追い出し離婚」の実態
ジブリさん(仮名・40代)は「追い出し離婚」の被害者です。長男と長女の2人と無理矢理に引き離された後、元夫側から子どもたちに会いたいなら離婚届に署名しろと脅迫を受けました。今現在、子どもたちは徳島県の山間部に住んでいますが、限界集落での生活を余儀なくされています。子どもたちにはアレルギー疾患が判明していましたが、治療も受けられず医療虐待の疑いがあります。今年7月には子どもたちをジブリさんが引き取ることになっていましたが、元義父に妨害され音信不通です。警察にも介入してもらっていますが、向こうの元義父母から跡継ぎが出来たのでジブリさんはもう用済みだと言われています。
ジブリさんは「子どもたちに会えるという期待や希望が踏みにじられてからは、日常生活もまともに送れず涙が止まらない日々が続いています。何とかアレルギー疾患で命を落とす事が無いよう回避して欲しいと願っています。そして、必ず時間が掛かったとしても会えたときには二人の子どもたちを思いきり抱きしめたいです。共同親権であれば子どもたちの意志も尊重されるようになると思いますし、そう願っています。」と涙声で語っていました。

DV被害者が共同親権を望む理由
岡田 茜さん(仮名・40代)はDV被害者で二児の母親です。元夫によるDV被害から逃れるため子どもたちと一緒に警察に保護を求めてシェルターへ避難しました。保護命令1回目の期間中に元夫からの接触(脅迫行為)があり、2回目(延長)を申請して受理されています。判決では面会交流は「無し」となりましたが、離婚成立後に岡田さんの一存で数回子どもたちと面会させていました。
共同親権のことを岡田さんが知ったきっかけは児童福祉施設でのボランティア活動だったといいます。離れて暮らす実両親を恋しがる子どもたちに触れ、子どもの気持ち、親権の在り方について考えたのが始まりでした。あるお子さんに「新しいお家、嫌だ。本当のお父さんの所がいい。先生お願い、連れてって」と言われたときは本当に辛かったし、今でも思い出すと涙が出てくるそうです。
岡田さんは「子どもの連れ去り、虚偽DVという言葉はTwitterの書き込みを見て知りました。まさかこんな悲しみが潜んでいたのかと、かなり衝撃を受けましたね。子どもと引き離された親の悲しみと、親を求めた施設の子どもたちが重なって一気に引き込まれていきました。」と、そのときの想いを語ってくれました。

同じDV被害者からも理解されない悩み
岡田さんはDV被害者の中で「単独親権=同居親=DV被害者」と、「共同親権=別居親=連れ去り被害者」の構図があることに衝撃を受けたと言います。なぜなら、子どもの連れ去り被害者の中にもDVの被害に遭っている母親がいることを知っていたからです。親権を失ったDV被害者や、DVを立証できない被害者を救える手立ては共同親権しかないと考えていました。
「子どもと引き離された親の中にDV被害者がいるのに、なぜ共同親権に反対をしているのか?」と、いつしか岡田さんは共同親権に反対しているDV被害者へ理解を求めるようになりました。しかし、ようやく得た平穏な生活を脅かされる危惧があるのか、なかなか理解は得られない状況が続いています。Twitter上では「DV被害者のくせに」と共同親権を推進している岡田さんを批判する人たちまであらわれました。
共同親権に反対しているDV被害者のほとんどは親権を有する同居親です。係争中の方もいるかもしれませんが、深刻な事態からは脱し、救済された形となっています。その上で共同親権に反対するのはなぜか。岡田さんの目には、自分たちの安全・安心のために親権を失った別居親、DV被害者の犠牲から目を背けているように映っていました。

DVの被害に遭い、しかも親権をとれなかった別居母親たちを救いたい
諸外国の運用を見ると、離婚後共同親権制度には単独親権が含まれています。加害性があるなど、子どもに悪い影響を与える親には監護権は認められず、面会も制限されます。また、親権停止・剥奪と組み合わせれば完全に単独親権状態となります。共同親権が導入されてもDV支援の運用が見直されない限り虚偽DVでの連れ去りは後をたちません。虚偽DVが大きな問題となればシェルター運営に支障をきたし、真正のDV被害者までいわれのない疑いをうける可能性があります。そして付け焼き刃のような運用見直しが行われれば避難・保護の妨げになる可能性もあります。
岡田さんは最後に「同居DV被害者の皆さんも過去のトラウマなどで苦しんでおられると思います。ケアサポートが不十分ですからね。でも優先すべきは今現在、苦しんでおられる方々です。DV被害者を含む別居親のみなさんを救いたし、子どもたちの尊厳を守りたいと思っています。」と、強い決意を語ってくれました。
法務省は離婚後も父母の両方が親権を持つ「共同親権」の導入の是非について検討する研究会を年内に設置すると発表しました。結論を受けて導入が必要と判断すれば、法相が民法改正を法制審議会(法相の諮問機関)に諮問する見通しです。ぜひとも、共同親権が実現し、被害者と子どもたちが断絶させられている今の日本の社会を変えて欲しいと願っています。

離婚後の共同親権は制度改定だけでは不十分

出典:令和元年10月8日 Newsweek

離婚後の共同親権は制度改定だけでは不十分

<両親の離婚後も、子どもが双方の家族から愛情を受けられるよう、制度とカルチャーの両面を変えていくことが必要>
日本の法務省は9月27日、離婚後も父母双方が子供の親権を待つ「共同親権」制度の是非をめぐる研究会を立ち上げ、議論を開始すると発表しました。河井克行法相は同日午前の記者会見で、この共同親権の問題について、「一定の方向性をあらかじめ定めているわけではない。実り多い議論が行われることを期待する」と述べたそうです。

この制度ですが、このコラムでも再三にわたって取り上げた「ハーグ条約」、つまり国際離婚における子どもの一方的な連れ去りを禁止し、連れ去りが発生した場合は子どもを元の居住国に戻すことなどを定めた条約を日本が批准したことで、改めて必要になってきた制度であると言えます。
現在の日本の民法では、この共同親権制度がありません。そのために、国際結婚が破綻した場合に、日本で離婚裁判を行うと単独親権という判決が出ることから、欧米圏出身の配偶者の場合は、そもそも日本での裁判に応じないという実情があります。その結果として、外国人の側の親は自分の国における離婚裁判を強硬に主張して、日本人の親に不利な結果を引き出す傾向があります。
共同親権制度が導入されれば、離婚後に母親が単独親権を獲得した場合に、父親の面会権が十分に保障されないとか、反対に父親が養育費の支払い義務を怠るといった問題が、改善されるケースも増える可能性があります。

制度への社会的な理解が必要
ですが、この問題、制度だけを用意してもダメだと思います。離婚と親権、面会権などを取り巻く、社会的な理解を変えていかなければ、制度だけを変えてもうまくいかないからです。
1つは、共同親権という制度への社会的理解をどう進めるかという問題です。共同親権というのは、離婚後の子どもについて、例えば平日は母親で、週末は父親であるとか、通常は父親だが夏休みは母親といった取り決めをして、子どもは双方の親の間を行き来するという制度です。
社会的理解というのは、ある子どもの家庭が、そのような選択をした場合に、学校や子どもの友人の家庭などが、そのことにしっかり理解を示すことが必要だということです。共同親権の下で育てられている子どもが差別されたり、誤解を受けたりするようなことがあってはなりません。

2つ目は、ルールを厳格に決めるということです。共同親権というのは、すでに夫婦ではなくなった、そして離婚の過程で利害衝突を調整してきた当事者達によって公正に運用されなくてはなりません。反対に、ルール違反が起きた際には厳格に対処する規定も必要です。例えば、自分が担当でない日に子供を連れ去るような問題には、厳重な罰則を設定しつつ、そのような事態を防止するために周囲の理解を進める仕掛けが必要です。

3つ目は、離婚後の新しい配偶者の問題です。日本でも、もちろん血の繋がらない親子関係を立派に築いてお子さんに愛情を注いでいる親御さんもたくさんいます。ですが、社会として「血の繋がりがない」場合に、愛情が注げないことへの「許容」がまだ残っているように見られます。

極端な例は、近年問題になっている「再婚カップルにおける連れ子への虐待」です。もちろん、明るみに出れば厳しいペナルティを課すようになっていますが、社会として防止策は十分とは言えないように思います。

連れ子に対して「冷淡な」カルチャー
例えば、現在の離婚後の運用においては、親権のない親に面会権があったとしても、「その親が再婚したら面会権を遠慮する」とか「再婚相手が、前の婚姻における子供と面会することに対して不快感を表明してもいい」あるいは「再婚相手の前の婚姻による子供については、自分は血の繋がりがないので親としての責任を尽くさないでいい」といったカルチャーが、まだまだ残っているようです。
共同親権がうまく機能しているケースでは、ほぼ100%「自分のところに子供が来る日には、再婚した新しい配偶者も一緒にその子に愛情を注ぐ」ということが実行されています。社会的にそのように誘導するようなカルチャーが必要ではないでしょうか。
いずれにしても、共同親権というのは、その制度を取り巻くカルチャーについても、アップデートを要求します。子どもを1つの家族に囲い込むのではなく、2つの家族を行き来する中で、それぞれの家族が愛情を注ぐ、そしてそれができないというウォーニングが出た時には、制度的に子どもが救済される仕掛けを、制度とカルチャーの両面で用意することが必要です。

続「共同親権の展望」(上)解けない対立

出典:令和元年10月6日 中日新聞

続「共同親権の展望」(上)解けない対立 早川昌幸(読者センター)

 「報道していただき、心から感謝しています。苦しんでいる人たちの実情を社会が認識し、支える土壌が出来上がっていくのではないか、と期待しています」
 「私も当事者で、いろいろな被害者と会い、苦しみを耐え抜いてきました。仲間たちも、この記事を見て涙しております」
 前回の特集(本欄七月七、十四日付)に、男女の当事者らからさまざまな意見が寄せられた。

◆世界の潮流に遅れ
 離婚後共同親権を認めていないのは、先進七カ国(G7)では日本だけであり、国連の子どもの権利委員会が今年、日本に「児童の共同親権を認めるため」の法改正を求める勧告を出した。国全体として、この問題に正面から取り組む必要がある。そんな流れの中で、一石を投じたつもりだ。
 一方で、主に子どもと同居する側の立場を代弁する複数の弁護士から「共同親権賛成に偏り一方的だ」という批判もあった。
 DV(家庭内暴力)問題を中心に実績のある弁護士は「裁判所で親権者や子どもの面会が否定される背景には、DVや児童虐待が存在しているケースも多い。DV、児童虐待は立証が難しく、安易に共同親権が適用されることにならないか懸念がある」と指摘。「共同親権制度でないから、親権や面会が認められないと訴えるのは、理論のすり替えに他ならない」と主張する。
 前回の特集では、メイン見出しに「子ども第一の目線で臨め」(上)「心のケア体制整備急げ」(下)とあるように、視点はあくまで子どもが最優先だという点にあることを、まずは確認しておきたいと思う。
 どちらか一方の側に立つのではなく、子どもの利益を優先すべきなのは言うまでもない。この国の現状が、最優先されるべき子どもの利益がないがしろにされているのではないか、という世界からの非難にさらされていることを忘れてはなるまい。
 離婚後のスムーズな面会交流が実現しない理由の一つは、激しい感情的な対立が続いているケースだ。
 調停に限界があれば、子どもへの影響を緩和する第三者機関などの対処手段が必要だろう。夫婦間の激しい対立やDVに共通するのは、当事者だけで解決するのが難しい、ということだ。家庭裁判所がその機能を十分に果たし切れているとは言いがたい。
 すでに社会人になっている遼さん(32)は子どものころ、父親の勤務先の会社の経営が傾いたことをきっかけに父親が母親に暴力を振るうようになり、それがトラウマ(心的外傷)になった。
 「あのころはどうしたらいいか分からず、パニックになった」
 引きこもり生活が続き、福祉系の大学を卒業して介護職に就いたものの、仕事上のトラブルで心の病に。利用者として通い始めた就労支援会社の女性経営者の励ましと、自らと同じような境遇の主人公を描いた映画「ママかパパか」を見たことが救いになったという。
 利用者から正社員である「職業指導員」に採用され、あるとき「昼食作りを手伝って」と、幼いころに親の離婚を経験した十七歳の利用者の少年に包丁を渡すと、少年は手際良く野菜を切ってみせた。「会いたい」と慕う父親は腕利きの板前だった、と聞かされた。遼さんの父親への思いと重なり「嫌いだった自分を肯定できるようになった」。
 最近、母親に内緒で父親に「どうしてる」と手紙を書いた。返事はまだ届かないが「僕にとって、たった一人の父親。今も会いたい」と思いを語る。
 十組の離婚には十のパターンがあり、一律に判断できる物差しはない。だが、子どもの「会いたい」と願う思いに寄り添う必要がある。現状では、裁判所が公平に仲裁したり、事実の真偽を判断したりできないまま、結論を下すケースが少なくない。時代に合っていないのではないか。

◆科学的知見も必要
 立命館大の二宮周平教授(家族法)は、子どもが別居親からも見守られていると確信できるとして「面会交流」の意義を認めた上で、こう指摘する。
 「DVが原因で離婚した場合、加害者には治療を含む更生プログラム、被害者にはエンパワーメント(励ましによる力づけ)のためのプログラムが必要。そういった仕組みやルールが日本では不十分だ。法曹界にも心理学など科学的知見が求められる」
 時代に合った調停・審判のシステムを確立しなければ、夫婦間の対立が激しいケースで子どもの利益を最優先にした解決への糸口は見えてこないだろう。

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離婚後の「共同親権」導入の是非を検討へ 法務省

出典:令和元年9月27日 NHK

離婚後の「共同親権」導入の是非を検討へ 法務省

離婚したあとも父親と母親の双方が子どもの親権を持つ「共同親権」について、法務省は、新たに研究会を設け、導入の是非を検討することになりました。
離婚したあとの親権は、日本では父親か母親のどちらか一方しか持つことができない「単独親権」が民法で規定されていますが、海外の先進国では、両親がともに持つ「共同親権」が主流となっていて、法務省は、海外の制度や運用状況の調査を進めています。

こうした中、法務省は、離婚したあとの子どもの養育の在り方や、「普通養子縁組」の制度の見直しなどを議論するため、有識者や裁判官などからなる新たな研究会を年内をめどに設け、「共同親権」の導入の是非について検討することになりました。
河井法務大臣は記者会見で、「共同親権については、家族法の専門家や関係者、当事者からさまざまな意見があることは承知している。社会全体のいろいろな立場からぜひ丁寧に議論してほしい」と述べました。

「共同親権」導入の是非検討 法務省、研究会立ち上げ

出典:令和元年9月27日 日本経済新聞

「共同親権」導入の是非検討 法務省、研究会立ち上げ

法務省は27日、離婚した後も父母の双方に親権が残る「共同親権」導入の是非を議論する研究会を立ち上げると発表した。年内に研究者や裁判官、弁護士を中心に議論を始める。法制審議会(法相の諮問機関)への諮問も検討する。
河井克行法相は同日の閣議後の記者会見で「家族法制に見直しを求める様々な声がある。論点を整理する」と述べた。
現在の民法では父母のいずれか一方が離婚後の親権を持つ「単独親権」を規定している。法務省は共同親権によって、別居親と子どもとの面会交流を積極的に実現し、子どもの養育環境を整えることに資するかどうか議論する方針だ。
研究会では離婚要件の見直しに関しても話し合う。離婚後の子どもの養育計画づくりを義務化するかが論点となる。現行法では協議離婚について裁判所が関与していないため、養育計画の提出は義務付けられていない。
研究会では少なくても1年以上をかけて議論する見通しだ。

離婚後の子どもの「共同親権」 法務省が導入検討へ

出典:令和元年9月27日 テレビ朝日

離婚後の子どもの「共同親権」 法務省が導入検討へ

 離婚後の子どもの「共同親権」について、日本でも検討が始まります。

 法務省は夫婦が離婚した後の子どもの養育の在り方について、年内にも専門家による検討を始めることを明らかにしました。離婚した後も両親が親権をともに持つ共同親権の導入について、議論するとしています。現在、離婚後の親権は父親か母親のどちらかが持つことになっていますが、離婚の増加に伴うひとり親世帯の貧困などが問題となっています。法務省は離婚の要件の見直しや離婚後の面会交流の促進についても議論するとしています。

離婚後の「共同親権」是非を議論 法務省、年内に研究会

出典:令和元年9月27日 朝日新聞

離婚後の「共同親権」是非を議論 法務省、年内に研究会

 法務省は27日、離婚後も父母の両方が親権を持つ「共同親権」の導入の是非などを検討する研究会を年内に設置すると発表した。数年かけて議論する見通し。結論を受けて導入が必要と判断すれば、法相が民法改正を法制審議会(法相の諮問機関)に諮問することになる。
 研究会は公益社団法人「商事法務研究会」が主催し、裁判官や弁護士、有識者、法務省幹部がメンバーとなる。
 現在の民法は、離婚後は父母のどちらかを親権者とする「単独親権」を採用している。子育ての意思決定はしやすいが、親権を失った親が養育に関わりにくくなり、子と交流を絶たれるなどの問題点が指摘されてきた。研究会では、別居中の親と子の面会をどう促進するかや、離婚時にその後の子の養育計画を作ることを義務化すべきかなどについても検討する。
 河井克行法相は27日の会見で「家族法制の見直しを求める様々な声がある。議論の方向性は定めず論点を整理する」と述べた。

共同親権、年内に研究会設置=導入の是非を議論へ-法務省

出典:令和元年9月27日 時事通信

共同親権、年内に研究会設置=導入の是非を議論へ-法務省

 法務省は27日、離婚後も父母双方に子の親権が残る「共同親権」の導入の是非をめぐり、年内に研究会を立ち上げ、議論を開始すると発表した。現行の民法は、離婚した場合には父母の一方を親権者とする「単独親権」を定めている。研究会の議論は少なくとも1年以上を要する見通しだ。
 河井克行法相は同日午前の記者会見で、共同親権について、「一定の方向性をあらかじめ定めているわけではない。実り多い議論が行われることを期待する」と述べた。
 現行法の「単独親権」では、親権を持たない親は子との交流が少なくなるとの問題点が指摘されている。研究会が法改正の必要性を判断すれば、法相は法制審議会(法相の諮問機関)に諮問することになる。

司法は「家族」を取り戻せるか

出典:令和元年9月16日 産経新聞

司法は「家族」を取り戻せるか 日本大学教授・先崎彰容

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     筆者は現在、ワシントンDCに短期滞在している。自由と民主主義の理念が完全に崩壊し分断社会と化したアメリカで、筆者は強い衝撃を受けた。アメリカに対してではない。8月23日付のヤフージャパンのトップニュースが、わが日本が抱える病理を、鮮やかにえぐっていたからである。
     ≪「妻に子を連れ去られた」事件≫
     タイトルは「妻に子を連れ去られた夫の叫び」。夫を残して2人の子供を連れ出し、別居状態にある妻との確執を取材した記事である。筆者を刺激したのは、このインタビューが私たちにとって「家族とは何か」「男女平等とは何なのか」を深く考える格好の事例だったからだ。真実は細部に宿る。市井の事件を洞察すれば、わが国を脅かす生活文化の崩壊を指摘できる、そう直感したのである。
     ※続きは紙面を参照ください。

【子と親の離別~揺らぐ親権制度】(下)子に会えぬ、海外から批判 制度に隔たり 離婚後トラブル増加

出典:令和元年9月3日 産経新聞

【子と親の離別~揺らぐ親権制度】(下)子に会えぬ、海外から批判 制度に隔たり 離婚後トラブル増加

 欧州連合(EU)26カ国の駐日大使は昨年3月、日本で離婚した加盟国出身の親が子供と面会できないケースがあるとして、子供の権利に注意を払うよう求める書面を当時の上川陽子法相に出した。米国務省は同年5月、国際結婚破綻(はたん)時の子供の連れ去りに関する年次報告で、日本を、離婚などで国境を越えて連れ去られた子供の取り扱いを定めたハーグ条約の「不履行国」に認定。今年は撤回したものの、「引き続き強く懸念する」とした。
 離婚後の親子関係をめぐり、日本へ働きかけをしたのはEUや米国だけではない。
 国連の「子どもの権利委員会」は今年2月、日本政府に対し、外国籍の親も含め離婚後の共同養育を認める法改正や別居親との接触を続ける方策を実現するよう求めた。
 日本で生活中に子供を連れ去られたイタリア人とフランス人の父親は昨年12月、海外からの批判が高まっているのは「裁判官の責任」とする公開質問状を最高裁長官に提出。ハーグ条約などよりも、同居親を優先する「監護の継続性」を重視して連れ去りを実行した親に親権を与える判決は不当だと訴えた。

 国際結婚の増加に伴い、どちらかが外国籍を持つ父母間のトラブルも増加している。両親の離婚後、「単独親権」をとるのは先進国では日本のみで、「共同親権」を前提とする外国籍の親が子供に会えなくなった際の困惑が、近年こうした形で表面化してきている。
 米ワシントン州に住む米国人男性(52)は、2008年に日本人の元妻と米国で離婚。州の裁判所で、男性が当時4歳の息子と同居する監護者となることや、合意しない限り転居しないことなどを明記した養育計画を定めた。

 ところが元妻は10年、領事事務所に息子の旅券を紛失したとする虚偽の申請を行い、不正に旅券を取得して息子と日本に帰国。富山家裁に、息子が既に日本の生活になじんでいるとして自身を監護者に指定するよう求める審判を起こした。
 男性は突然の事態に驚き、息子の引き渡しを求める審判を家裁に提起。家裁は、元妻を監護者に認めなかったが、同時に「(息子の)現在の平穏な生活を奪う」などとして男性に引き渡すことも認めなかった。
 男性は「決定は、元妻の違法行為を支持していると言わざるを得ない」として名古屋高裁金沢支部に抗告したが、棄却された。
 息子に会えないままワシントンに暮らす男性は「日本の制度は子の発達よりも同居親の希望を最優先している」と嘆く。

 国境を越えた子供をめぐるトラブルが複雑化するのは日本人同士でも同様だ。
 元夫の仕事の都合で家族でタイで暮らしていた女性(39)は、離婚した15年に家を出るよう元夫に迫られ、2人の子供と引き離された。女性が養育するとの約束だったが、「親権者は便宜上、僕にする」などと言われて元夫にしていた。激高しがちな元夫に逆らえず、ひとりで日本に帰った。その時はまだ、子供と会う機会は設けてもらえるはずだと考えていた。

 しかし相手の住所が国内にない限り、日本の裁判所に救済を求めることはできない。弁護士を通じて交渉したり、タイの裁判所に調停を申し立てたりしても親権を変更することはできなかった。夫が帰国したのを受けて女性は日本で調停に踏み切ったが、既に子供との別居から約4年。親権はあきらめ、今は調停で得た年に2回の面会と電話での間接的面会交流の決定に自身を納得させている。

 女性が最後に子供と面会できたのは昨年末。幼かった2人は大人びていた。なぜ別居しているかは「大人同士の争いに巻き込みたくない」ため説明できていない。女性は「健康に成長していることが確認できて最低限よかったと思うようになった。これから『ママは2人を見捨てたんじゃない。ずっと愛していたよ』と伝えていきたい」と話す。
 単独親権制度の見直しを検討している法務省は現在、世界24カ国の親権制度の実態を調査している。担当者は「単独親権か共同親権かという形式だけでなく、制度の運用や制裁、それらのメリット・デメリットなどを幅広く調べたい」としており、日本での課題に、どのような制度が有効か検討する方針だ。
 離婚後の子供をめぐるトラブルは後を絶たない。子供の養育環境を最優先に、新たな制度の実現が求められている。

ハーグ条約 一方の親がもう一方の親の同意を得ることなく、子を国外へ連れ出すケースに対応するため1980年に制定された国際ルール。国際結婚の増加に伴う子供の連れ去り問題に対応するため日本も締結し、2014年4月に発効。16歳未満の子が対象で、原則として元の居住国へ返還するとしている。

【子と親の離別~揺らぐ親権制度】(中)父「何かできなかったか」別居の娘救えず 死後も親権の壁

出典:令和元年9月1日 産経新聞

【子と親の離別~揺らぐ親権制度】(中)父「何かできなかったか」別居の娘救えず 死後も親権の壁

 「もっとやれたのにね。バカだった。悪かった」
 広島市の公務員、江邑(えむら)幸一さん(46)は、離れて暮らしていた長女の命を守れなかったことを悔やみ続けている。長女は平成26年11月、自宅で首をつり自殺した。16歳だった。
 元妻が突然、長女と次女を連れて家を出た約半年後の18年3月、江邑さんは娘たちの親権を失い、元妻との離婚が決まった。以来、元妻と娘たちは山口県で暮らしていた。
 江邑さんによると、長女は家庭内で孤立。児童相談所の支援を受け、児童養護施設を経て一時保護所の入退所を繰り返した。県が開示した児相の記録によると、「自宅の生活は限界」などと訴えていたが、児相が親元に返す「家庭引き取り」を決定した。自殺はその2カ月後だった。
 江邑さんに全く予感がなかったわけではない。「お父さん、死にたい」。生前、長女から何度か電話があった。誰にも言わずに家出し、夜、広島に来たこともあった。長女を捜索する警察に「娘がこちらにいたいと言っているので、いさせてもいいか」と聞くと、「連れてこないと逮捕します。母親が悲しんでいる」と言われた。
 長女の死後、仕事が手につかなくなった。「何かできなかったか」と自分を責める一方、「親権を持つのは母親側。親権者や児相がなぜちゃんと娘と向き合えなかったのか」との疑問がくすぶる。

 離婚後、親権を持つ親の下で子供が虐待を受けるなどして事件に発展するケースも少なくない。
 東京都目黒区で昨年3月、船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5)=が死亡した事件では、結愛ちゃんは親権を持つ実母や再婚相手の父親から虐待を受け、「前のパパがいい」と訴えていた。23年の民法改正では、虐待した親の親権を一時停止できる制度が新設されたが、悲惨な事件は後を絶たない。実父との関係を続けられる道があれば、SOSを生かせた可能性はある。
 その一つが、法務省が導入を検討している離婚後も父母で親権を持つ「共同親権」制度だ。現行の父母いずれかを親権者と定める「単独親権」制度では、親権のない親と子供との関係性は親権を持つ親の意向に強く影響されるからだ。親権のない親と子供の面会交流も、親権者が拒否した場合はほとんど制限される。厚生労働省の28年度の調査では面会交流をしているのは母子家庭で3割、父子家庭で4割強。最悪、生き別れとなるケースもある。
 これに対し、共同親権が主流の欧米では、子供の利益のため離婚後も面会交流や養育費負担などのルールを決め、父母が共同で子育てを担う。

 日本の民法でも面会交流は子供の利益を優先すると定められており、重要なのは子供の意向だ。親の離婚に悩む子供を支援するNPO法人ウィーズ(千葉県船橋市)理事長の光本歩(あゆみ)さんは、共同親権について「『離婚しても父と母、両方の子供』というメッセージになる」と歓迎する一方、面会交流に関しては「基本的に実施した方がいいが、子供にとって負担になる場合もあるので成長に合わせて柔軟に検討すべきだ」とする。「子供は父母間の負の感情を敏感に感じ取る。父母の争いを低減させることや、子供が抱く不安や戸惑いをサポートすることも必要」と話した。
 《たぶん期待してたんだ。だれかが家にかえらなくていいなにかを提案してくれることを》。長女の26年の日記からは、自宅以外での生活を強く望む気持ちが読み取れる。《消えたい。児相だって母さんの味方やんか》《(母親と)まじで上手(うま)くいかない。いしそつうもはかれない》。言葉に葛藤(かっとう)がにじんでいた。
 江邑さんは長女の死後、自殺直前の時期に何があったか知りたいと考え、山口県に児相記録の開示を請求した。しかし県は「親権者ではない」などとして開示を拒否。娘の死後すら親権が壁になった。
 その後、開示を求めて提訴。山口地裁は昨年10月、県の非開示決定を取り消す判決を出した。県は部分開示に応じたが、江邑さんは家庭引き取りの決定の理由など重要部分が黒塗りだったとして今年7月、全部開示を求める訴えを改めて地裁に起こした。
 「僕にも親権があれば自殺するほど娘は追い詰められなかっただろうし、死後に県に対応を隠されることもなかった。そもそも共同親権の選択肢があれば親権争いの調停も必要なかったのではないか」。悲劇を繰り返さないため、江邑さんは制度のあり方にも考えをめぐらせている。
 親権の一時停止 児童虐待の深刻化を受け、平成23年の民法改正で新設された。親権が適切に行使されない場合、2年以内の期間に限って親権を止めることができる。子供自身や親族、検察官、児童相談所長などの申し立てに基づき、家庭裁判所が判断する。

【子と親の離別~揺らぐ親権制度】(上)まかり通る「連れ去り勝ち」 離婚後の単独親権、相次ぐトラブル

出典:令和元年9月1日 産経新聞

【子と親の離別~揺らぐ親権制度】(上)まかり通る「連れ去り勝ち」 離婚後の単独親権、相次ぐトラブル

 突然の出来事だった。
 「あなたとはもう一緒に住めません。しばらく別居します」。2年前、当時地方勤務だった東京都の会社員男性(47)は仕事中、妻から受けた電話に耳を疑った。それまで何の相談もなかった。当時7歳と4歳の息子と家族4人で幸せに暮らしていると思っていた。慌てて自宅に戻ると、妻と義父が引っ越しの荷出しをしていた。子供たちは義母がどこかに連れ出したようだった。
 「こんなやり方、ひどいじゃないですか」。義父に訴えたが、「娘が決めたことだから」と取り付く島もない。その後、子供との面会を求めると、妻側は「子供の精神状態が不安定」として弁護士を通じ拒否。役所や子供たちの学校に問い合わせても、転居先や転校先を教えてもらえない。住民票には、妻から閲覧制限が申請されていた。これは家庭内暴力(DV)が理由とされるケースが多いという。男性は妻や子供に手を上げたことは一度もない。
 子供たちとの面会を望む男性は嘆息まじりに吐露する。「妻や義父母はこんな卑劣な手段を使うような人たちではなかった。それがまかり通る今の法制度に問題があるのではないか」
            □ □ □
 近年、夫婦の一方が相手に黙って子供と家を出る「連れ去り」が頻発している。離婚や親権の問題に詳しい上野晃弁護士によれば、離婚時の親権争いで、家庭裁判所は育成環境が一変するのは子供に不利益になるとの考えから、同居している親を優先する「監護の継続性」を重視するため、連れ去りが親権を勝ち取るテクニックとして定着しているのだという。

 「連れ去った側は『DV被害を受けた』『夫婦不仲で子供の成長に悪影響』といった理由を主張すれば、裁判所は安易に容認してしまう。『連れ去った者勝ち』の状況だ」(上野弁護士)
 平成28年3月に千葉家裁松戸支部で判決が言い渡された親権訴訟は、こうした司法判断に一石を投じるものとして注目された。長女を不当に連れ去られたとする男性側と、男性からDV被害を受けたとする元妻側との訴訟で、男性側は「親権を得たら長女と元妻を年間100日程度、面会交流させる」、元妻側は「面会交流は月1回程度」と主張。判決は妻のDV主張を認めず、男性側の提案を「長女が両親の愛情を受け、健全に成長できる」と評価して男性側を勝訴とした。
 だが控訴審の東京高裁は29年1月、「面会交流が他の事情よりも重要度が高いとはいえない」として、監護の継続性などを重視し男性側を逆転敗訴とした。最高裁もこれを支持した。
 こうした現状に歯がゆさを覚え、連れ去りを犯罪だとして刑事告訴に踏み切る当事者も出てきた。連れ去られた側の関係者によると、昨年ごろから少なくとも全国約20カ所の警察署や地検に告訴状が出され、受理された。

 兵庫県の自営業男性(48)は、28年に当時5歳の長男と3歳の長女を連れ去ったとして営利目的略取誘拐罪で元妻と元妻の代理人弁護士を県警に告訴した。受理されたものの、後に不起訴となった。元妻は連れ去り時にDV被害を県警に訴えたが、これも不起訴に。それでも監護者争いでは元妻が勝訴した。男性は「虚偽のDV申告を盾にした連れ去りは誘拐だ」と憤る。
 司法統計によると、子供の引き渡しを求め、家裁に審判や調停を申し立てるケースは年々増加。昨年は約3700件で、この10年間で倍以上に増えている。
 親権争いが起きる背景には、日本の民法が離婚後の「単独親権」制度をとっていることがある。一方、欧米では離婚後も両親が親権を持つ「共同親権」制度を採用している国が多い。
 日本では親権のない親はほとんど子育てに関わることができず、面会交流も親権者の意向で制限される。親権者の再婚相手などによる児童虐待にもつながっているとの指摘もある。法務省は選択制などでの共同親権導入を含めた制度見直しの検討に乗り出している。
 上野弁護士は「昔と違って今は父親も育児に参加する。これからの時代に合った法制度や裁判所の運用が必要だ」と強調する。

 一方で慎重な意見もある。東北大の水野紀子教授(民法)は指摘する。「日本は他国と異なり、DVや虐待に対する支援が貧弱で、被害者に残されているのは逃げて別居する自由だけ。支援が整わないうちに共同親権を導入するのは危険だ」
            ◇
 親権制度が大きく揺らいでいる。親権をめぐるトラブルや訴訟が相次ぎ、親権を失った親が子供と会えず生き別れとなるケースも少なくない。傷ついた当事者の声をたどり、制度のあり方を考える。
            ◇
親権 未成年の子供に対して父母が持つ権利や義務。民法では、日常の世話をする監護や教育のほか財産管理などが定められている。結婚していれば原則、2人が親権者となるが、離婚した場合、日本は一方を親権者に定める「単独親権」をとっている。 

日本の公的機関が実子誘拐に役立つようなセミナーをしたというのは本当なのか?

出典:令和元年8月31日 YAHOOニュース

日本の公的機関が実子誘拐に役立つようなセミナーをしたというのは本当なのか?
プラド夏樹(パリ在住ライター)

前回、日本人パートナーによる実子連れ去りが、ハーグ条約に反していると大きな国際問題になっていることについて書いた。
(注)ハーグ条約:国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約。一人の親が、もう一方の親の同意なしに16歳未満の子どもを連れて加盟国間の国境を超えた場合、子どもは元の国に戻すということを定めた条約。日本については2014年から、フランスは1983年から発効
その中で、パリの弁護士事務所Zimeray-Finelleのジェシカ・フィネル弁護士が国際連合人権理事会に、日本に連れ去られた子どもの保護に介入するよう訴え出たことに関して言及した。同弁護士の発表を元にもう少し深く掘り下げてみたい。
日本では、両親の別離によって年間約15万人の子ども(日本国籍および日本と他国の二重国籍。子どもの人権保護に努めるNPO団体、絆・チャイルド・ペアレント・ユニオンの発表による数字)が片方の親によって連れ去られていることを挙げ、「日本政府は『児童の最善の利益』について明記している国連児童の権利条約第3条(注)を遵守していない。東京国際大学の小田切紀子教授が強調するように、このような子どもたちは酷いトラウマにさらされ、長期的には学校教育で落ちこぼれてしまったり、ハイパーセクシャリティーやそのほかの自己破壊的な行為など、自らを危険にさらすような行動をするようになることがある」としている。
(注)国連児童の権利条約第3条:「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しく は私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする」

日本政府の責任は重大
続いて、日本政府は実子誘拐(注:フィネル弁護士の発表内では連れ去りではなく誘拐と言う言葉が使用されている)を容認しているとその責任を厳しく追求している。本文第3、4段落では、「日本では、実子誘拐は民事とみなされているため、被害届を出そうとしても、日本の警察は受理しない。それどころか、子どもを取り返しに行こうとすると、かえって刑事訴訟されることになると脅すことさえする。そして、家庭裁判所は子どもの精神安定のためと称して、実子を誘拐した親に親権を与える。もう一方の親が、裁判所が定めた場所で月に2時間から4時間というごくわずかな面会交流権利を得たとしても、親権をもつ親が了承しなければ、裁判所は何もしない。日本政府はこのような犯罪行為に対して見て見ぬ振りをし、最悪の場合でも奨励しているようなものだ。問題が起きていることを知りながら、実子誘拐を優遇するようなシステムを続け、子どもの権利、特に日本も署名した国連児童の権利条約第9条にある「児童が父母との接触を維持する権利」を侵害し続けている」としている。
日本の外交および文化公的機関が実子誘拐に役立つようなセミナーをしたのか?
また、第5段落では、2018年5月15日にパリ日本文化会館で外務省と日本弁護士連合会が共催して開いた日仏離婚・親権制度ハーグ条約の仕組みと内容に関するセミナーについても言及している。このセミナーの中で、フランスで生まれた実子の誘拐をして日本に連れ去るテクニックを暗に示唆したというのだ。
フランスで日本人パートナーが実子を誘拐し日本に連れ去るという事件が数件起きているにも関わらず、パリ日本文化会館は2018年5月、『国際結婚に伴う親権(監護権)とハーグ条約セミナー』開いた。アメリカのNPO団体Bac Homeは、このセミナー中に、どのようにしたらもう一方の親の同意なしに日本に子どもを連れ帰り、その後、子どもがフランスに送り返されるのを回避することができるか、より簡潔に言えば、どうすれば問題なく子どもを誘拐することができるかについての説明がなされたと発表している。これは、1980年に採択されたハーグ条約の侵害にあたる。」とし、フィネル弁護士は、「日本の外交および文化公的機関が実子誘拐に役立つようなセミナーをしたのが真実であるならば、非常に重大なスキャンダルだ。私たちは在仏日本大使館に説明を求める」と言っているということだ。
最後に、フィネル弁護士は、2005年から子どもに会うことができないでいる母親1人と、片方の親に会うことが全くできない、あるいはかなり限られた時間しか会うことができない子どもたち9人の名を挙げている。そして、このような状態に置かれている子どもたちのために、国際連合人権理事会に、次のような手段で介入することを求めている。
1. 国際連合人権理事会に上記のような状態について報告する独立した専門家、国連特別報告者の任命。
2. 日本政府に対して度重なる子どもの権利の侵害をやめるように勧告する決議の採択

子どもを連れ去る親のケーススタディーで学ぶスタイルのセミナー
ところで、アメリカのNPO団体Bac Homeは、上記のパリ日本文化会館で2018年5月に開かれた『国際結婚に伴う親権(監護権)とハーグ条約セミナー』の内容を録音したBac Home 音声資料をネット上で公開しているので、これを聞いてみた。子どもを連れ去る親のケーススタディーで学ぶスタイルのセミナーだ。
以下、講師の弁護士が次のようなことを言っている部分が問題視されているように思われる。
40分目:(フランスから日本に連れ去られた)子どもの意思が(フランスへの)返還拒否事由になることもあることを説明し、その上で「学校で例えば差別を受けているとか、そんな場合には子どもの異議って通るんです。あくまで子どもがフランスに返還されることを望んでいないことってところがポイントです」と言っている。
44分目:「(連れ去られた子どもをフランスに返還しなくてもいいということも例外的にはあるが、認められにくい。だから、日本に)戻って来る前にキチンとできることを、このフランスでできることをやってから戻ってくる」。そしてその「できること」とはDVの証拠を警察への被害届、病院の診断書、シェルター収滞在証明、パートナーの薬物・アルコール依存の証拠ですよと説明している。

外国で暮らす悩める日本人妻たち
子どもの連れ去りは国境を越えてであれ、日本国内でありしてはいけないことであることは確実だ。しかし、上記のセミナーには多くの日本人が集まったとの(70名が登録)こと、日本文化会館館長がはじめに「このハーグ条約関係、あとお子さんのですね問題ですね、あとDV、まぁその 辺の話の相談は非常に受けます」と6分目あたりで話していることを聞くと、国際結婚をして悩んでいる日本人がいかに多いことかと思い、胸が痛むのも事実だ。
外国で暮らすのはやはり難しいのだ。言葉の問題はもちろん、日本では後ろ盾となる実家などないし、そのうえパートナーとうまくいかなければ辛いものがある。男女平等は日本より浸透しているが、それゆえ「君は稼ぎが少なすぎるよ。いったいなんだって僕が君を養わなきゃいけないんだい?」と言って離婚に持ち込む男性など珍しくもない。夫婦でも銀行口座はそれぞれ個人口座というのが普通だ。男女の給料差は歴然として残る(男性の方が18.5%高い)うえ、おまけにこちらは外国人でどんな仕事にでもアクセスできる訳ではないのに「そこまで言うか?」と思うが……。
私自身がフランス人と結婚しているので、「うちの娘にもフランス人と結婚してほしいわー。そしたら私もパリに行けるし」などと冗談交じりに言う人もいるが、そういう人には「慎重にね」といつも答えることにしている。

◇プラド夏樹(パリ在住ライター)
慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。著書に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)。ご連絡はtwitterのDMへお願いします。

日本人パートナーによる実子連れ去りが国際問題に

出典:令和元年8月24日 YAHOOニュース

日本人パートナーによる実子連れ去りが国際問題に
プラド夏樹(パリ在住ライター)

子ども連れ去りイコール誘拐か?
この8月、実子を日本人パートナーに連れ去られた母親1人と父親9人(そのうち3人はフランス人)が、パリの弁護士事務所Zimeray-Finelleのジェシカ・フィネル弁護士を通して、日本において子どもの権利が侵害されているので介入するよう、国際連合人権理事会に申し立てた。
同弁護士が発表したところによると、日本では年間約15万人(子どもの人権保護に努めるNPO団体、絆・チャイルド・ペアレント・ユニオン発表の数字)の日本国籍および日本と他国の二重国籍の子どもが片方の親によって連れ去られている。もう一人の親は、時には何年間も子どもと会うことができない状況にあり、これは「子どもの権利に対する侵害」にあたるというのがその理由だ。
日本人妻に子どもを連れ去られたフランス人パパたち
フランスで日本での子どもの連れ去りが大きく報道されたのは、今年3月、国営テレビ局・フランス2の番組「日本、誘拐された子どもたち」によってだった。

日本人妻に子どもを連れ去られたフランス人男性2人(一人は日本在住、もう一人はフランス在住)が、日本で子どもを探す様子を追ったフィルムだ。
そのうちの一人であるステファンさんが、子どもにプレゼントを持って元妻の実家を訪れるが面会を許されず、権利を強く主張した挙句、警察に連行されてしまうシーンもあった。この番組のナレーションでは、「フランス人男性約100人近くが、日本人パートナーに子どもを誘拐された」、「2010年以来、子どもを誘拐されたフランス人男性2人が自殺した」などと語られている。
日本では子どもの教育はどちらかというと母親の役割と考えられており、夫婦仲が悪くなると、妻が子どもを連れて実家に帰るというのは珍しくないのかもしれない。連れ去りに関して警察や裁判所は「プライバシーだから」と介入しないし、単独親権制なので、結局は妻が親権を得る場合が多いらしい。
しかし、今、それは日本国内だけの問題ではなくなってきている。近年、国際結婚が増えており、フランスのように共同親権制の国では、子どもの「連れ去り」イコール「誘拐」とみなされる。もう一人の親が子どもと会うことを阻止するのも、「子どもに対する虐待」と判断されかねない。「国連子どもの権利条約9条」で、すべての子どもには親と引き離されない権利が、また何らかの理由で引き離されても会ったり連絡する権利が保障されているからだ。つまり、「日本では実子の誘拐と虐待が容認されている」と解釈されてしまう。

日本の単独親権制ゆえに子どもに会えなくなる外国人の親たち
8月17日のLe Parisien 紙には「日仏ダブルの子どもをもつ母マリーン、親権を得るための戦い」というタイトルの記事が出た。マリーンさんは日本人男性と結婚し日本で暮らしていた。最初はラブラブだったが、その後は夫からちょっとした言葉の暴力を受けるようになり、そしてルイ君(現在4歳)が生まれると、夫婦仲はさらに悪化。夫は身体的な暴力もふるうようになった。
2014年、マリーンさんは夫と話し合い、しばらく距離を取ることに決め、フランスに3ヶ月の予定でルイ君を連れて帰国した。ところが、フランスで医師の診療を受けた際に夫の暴力について話すと、「日本には戻らないほうがいい」と言われ離婚を決意。マリーンさんは離婚手続きを始めた。
しかし、夫も黙ってはいない。「子どもの誘拐」という理由でマリーンさんを訴えた。日本もフランスハーグ条約(注)に批准しているからだ。
(注)ハーグ条約:一人の親が、もう一方の親の同意なしに16歳未満の子どもを連れて加盟国間の国境を越えた場合、子どもは元の国に戻すということを定めた条約
そのため、マリーンさんの訴えに対して、フランスの裁判所では2度にわたって「子どもは日本に返すこと」との判決を下した。その後、最高裁はその判決を無効とし、再審されることに。そして今年の7月に、控訴院で再び「子どもは日本に返すこと」という判決を受けた。
しかし、日本は単独親権制なので、ルイ君が日本の父親の元に帰れば親権は父親のものになり、マリーンさんは2度と子どもに会うことができなくなる可能性もある。面会するにしても、日本に長期滞在するのにはビザが必要だ。取得できなかったらどうする? 以来、マリーンさんと友人たちは署名運動を始め、フランスの下院、上院、大統領官邸にも手紙を送った。マリーンさんは、今後、欧州連合司法裁判所に訴えることになるかもしれないと語っている。
2018年3月には、欧州連合加盟国26カ国の在日大使が日本の法務大臣に子どもの権利保護のために早急な措置を求めた。また、6月26日、G20大阪サミットに参加するために日本を訪れたフランスのマクロン大統領は安倍晋三首相に、日本人パートナーに子どもを連れ去られて苦しむフランス人の親たちの置かれた状況について語り、「受け入れがたいことだ」と話した。
もちろん、 子どもを連れ去る側には、パートナーとの不仲や暴力などそれなりの理由もあるのかもしれない。しかしそれでも、単独親権制は、人の移動が増えるこれからの国際社会には適応しないように思える。 親同士のパートナー関係は終わっても親子の関係は続く、そのように考えることはできないだろうか?

◇プラド夏樹(パリ在住ライター)
慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。著書に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)。ご連絡はtwitterのDMへお願いします。

離婚後も子育ては元配偶者と オンライン講座公開 欧米流「共同養育」への関心高まる

出典:令和元年8月23日 毎日新聞

離婚後も子育ては元配偶者と オンライン講座公開 欧米流「共同養育」への関心高まる

 離婚した後も、子育ては元配偶者と協力していきたい――。そうした人向けのオンライン教育プログラムが国内で公開され、約1年で300人超が受講した。日本では離婚すると子の親権は母か父のどちらかが持つことになるが、関係を絶たずに双方が子育てに関わる欧米流の「共同養育」への関心の高まりがうかがえる。
 <祝日は交代で娘と過ごす取り決めだったが、成長した娘が「両親と3人で会いたい」と言い出した。どう解決するか>
 これは、離婚家庭の子どもの支援に関わる東京国際大の小田切紀子教授(臨床心理学)が、ウェブサイト「リ…
※以下、紙面参照

5歳と3歳の子供を妻に連れ去られた父親の叫び

出典:令和元年8月23日 PRESIDENT Online

5歳と3歳の子供を妻に連れ去られた父親の叫び

■海外からみれば「日本は連れ去りを容認している国」

 子育て中心の人生を送っていた男性が去年12月、妻から5歳と3歳の子どもを連れ去られた。男性は子どもを連れ去られる理由はないとして、共同監護などを求める審判を申したてたものの、現在も子どもとの生活は戻っていない。今年6月には妻から単独親権を求める離婚裁判を起こされ、現在係争中だ。

 この男性のように、妻や元妻から子どもを連れ去られて、事実上の生き別れになってしまう父親は、日本では珍しくない。逆に、夫から子どもを連れ去られる母親もいる。その背景には、日本が「単独親権」を原則としている点がある。裁判所は「単独親権」を前提にしながら、多くは連れ去った親に有利な運用をしているのだ。

 しかし、「単独親権」を採用している国は先進国にはない。子どものために「共同親権」を認めるのが一般的で、日本は連れ去りを容認している国として国際的に非難されている。国連子どもの権利委員会は今年2月、「共同親権を認めるために、離婚後の親子関係に関する法律を改正する」ことなどを日本政府に勧告した。

 それでも法整備に向けた議論は、国内ではまだまだだ。「単独親権」の制度の下で、理不尽な苦しみを受けている男性に話を聞いた。
■同意なく子どもを連れて消えた妻

 「去年12月、妻に当時5歳の長男と当時3歳の長女を連れ去られました。子どもたちがどこにいるのか伝えるように求めても、知らされることはありません。子どもたちに私を会わせるかどうかは、妻の一存で決まります。

 私はDVや不倫をしたわけでもなく、子育ての大半も担ってきました。にもかかわらず、裁判所は連れ去りから8カ月以上がたっても、子どもたちと私が日常生活を過ごすことを認めないのです。このまま生き別れになるのかと思うと、胸が引き裂かれる思いです」

 こう話すのは、東京都港区在住で、パイロットとして航空会社に勤務しているAさん(47)だ。Aさんは同じ年齢の妻と8年前に結婚し、長男と長女が生まれた。

 しかし、去年12月、妻が2人の子どもを連れて出ていった。子どもたちの居場所は、Aさんにはわからなかった。これは夫婦生活の破綻によって起きる、いわゆる「子どもの連れ去り」だ。

■5年半、子育ての大部分を担ってきたのに

 Aさんはもともと別の航空会社のパイロットだったが、約15年前、空港に向かうバスにクルーの荷物を積む手伝いをした際に、椎間板を割る大けがをした。労災が認められたが、回復して仕事に戻るまで2年半かかった。このけがが理由で、のちに解雇されている。

 当時、前の妻と結婚生活を送っていたが、この大けがが原因で離婚。8年前に裁判が終わり、その直後に同じ高校の同級生だった現在の妻と知り合った。お互いバツイチで、交際が始まると、まもなく再婚した。

 再婚後、Aさんは最初は主夫として妻を支えた。約2年がたって長男を授かり、Aさんは子育てを担いながら、可能な時間で保育ルームの仕事をしていた。

 長男が2歳になると、今度は長女が生まれた。生活費も必要だったため、以前勤めていた会社の同僚の紹介で別の航空会社にパイロットとして復帰した。子育ての時間が必要だと会社に相談すると、会社は理解を示し、フライトを調整してくれた。

 「平日や週末を問わず、家を不在にしていた妻よりも、5年半もの間、子育ての大部分を担っていました」

 Aさんは子育てに重点を置いた生活を送っていたと話す。

■病院は「警察と児童相談所に通告する」と告げた

 問題が起きたのは去年6月だった。長男、長女ともに体調が悪く、病院に連れて行く必要があり、Aさんは妻に相談した。すると妻は仕事に行かなければならないという口ぶりだったが、実際は知人と旅行にいくつもりでいたことがわかった。

 Aさんが「いくらなんでもそれはないよ」ととがめると、妻は激怒し、子どもたちが見ている前でAさんの口のあたりをつかんだ。爪が食い込み、Aさんは流血したが、妻はそのまま家を出た。Aさんはそのまま港区内にある病院に子どもたちを連れていくと、「虐待対応チーム」を持つ病院は傷を負っていたAさんに事情を聞き、次のように告げたと言う。

 「夫婦であっても子どもの前で暴力を振るうことは、お子さんの心に傷を残します。面前暴力という子どもへの虐待にあたり、児童虐待防止法違反になります。私たちは警察と児童相談所に通告しなければなりません」

■妻の遊びをとがめると暴力、突然子どもを連れ去られる

 通告されれば妻はもっと怒るだろう、と思ったAさんは、何とか穏便にすませるように病院にお願いした。その結果、今後もAさんと病院が連絡を取り続けることを前提に、児童相談所への「報告」という処置が取られた。この時に病院は「虐待対応記録」の書面を発行している。

 Aさんはしばらく時間がたったあと、病院が児童相談所に「報告」したことを妻に話し、反省を求めようとした。すると妻は、「あなたに言われる筋合いはない」「出ていけ」と言い、離婚に向けて弁護士と相談していることを明かした。

 その後、妻の希望で双方の母親が同席して、話し合いの場がもたれた。妻はAさんに家から出ていくよう求めたが、Aさんは「子どもと離れて暮らすことは受け入れられない」と主張した。話し合いはまとまらず、妻は同居のまま離婚に向けて調停や裁判を進めることAさんに伝えた。

 しかし、同居のままという前提は約1カ月後に破られた。去年12月中旬の午後3時ごろ、Aさんが保育園に迎えに行くと、子どもたちはいなかった。妻がすでに迎えに来たという。普段、妻が迎えに来る時間は、仕事が終わった後の午後6時から8時の間だった。妻と子どもたちがどこにいるのか、Aさんには分からなくなった。子どもたちは妻に連れ去られてしまったのだ。

■警察は「民事不介入」、家裁は「問題なし」

 妻は事前に弁護士と相談し、子どもたちと暮らす場所を確保していたことをAさんは悟った。連れ去られる3日前に、義父の命日のため家族全員で妻の実家を訪れていたが、その時には何の話もなかった。子どもたちを連れ去ることを、義母も知っていた可能性がある。

 Aさんはすぐに警察署に届け出た。警察官は妻に電話して安否の確認をしたが、妻が弁護士を雇っていることが分かると、警察は「民事不介入」の旨をAさんに告げた。妻や子どもたちがいる住所を教えることはできない、ということだった。

 Aさんは司法の力を借りようと、今度は家庭裁判所に共同監護などを求める審判を申し立てた。自分は不倫もDVもしていないし、子育ての大半をやってきたとして、子どもたちを連れ去られる理由はないと主張した。

 しかし審判では、発端となった妻の暴力はまったく取り上げられず、病院やAさんへの聞き取りも行われなかった。その上で今年2月に出た調査結果は「妻と子どもたちが一緒に暮らすのは問題ない」というものだった。この結論により、連れ去りから8カ月がたった現在も、Aさんの元に子どもたちは戻っていない。

 Aさんが裁判所によって子どもと引き離されるのは、今回が初めてではなかった。前妻との離婚裁判でも、子どもの親権は前妻が持つことになり、結果的に子どもと8年以上会えない状態になっている。Aさんは2度も、子どもと引き裂かれる目に遭っているのだ。

■日本の「単独親権」制度は国際社会から批判

 Aさんが2度にわたり子どもと引き離された原因は、日本は離婚後の「共同親権」を民法で認めず、「単独親権」だけを認めている点にある。「単独親権」制度の下では、子どもの親権や監護権をめぐる裁判では、連れ去った側に有利な判決が出るケースが圧倒的に多いという。

 実は、「単独親権」しか認めていない国は、先進国では日本しかない。日本人女性と国際結婚した場合に、妻が子どもを日本に連れていき、父親が子どもと会えなくなるケースが問題となって、日本の「連れ去り」の実情が国際的に広く知られるようになった。

 「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」、いわゆるハーグ条約は、国際結婚が破綻した際の子どもの扱いについて、親権や面会権を確定しないまま、無断で16歳未満の子どもを国外に連れ出す行為を不当とし、元の居住国への帰還を求めている。

 ハーグ条約は1980年に作成され、日本は2013年にようやく締結した。今年5月現在、100カ国が締結している。しかし、日本はハーグ条約を締結しながら「単独親権」の制度を変えていないため、状況が改善されているとは言えない。

 さらに日本は1994年に「子どもの権利条約」も批准しているが、条約が求める父母の共同養育責任も、「単独親権」制度によって果たすことができない状態だ。

 このため、国連の子どもの権利委員会は今年2月、共同親権を認めるために離婚後の親子関係に関する法律を改正することを日本政府に勧告した。日本が「単独親権」しか認めないことは、国際社会から公然と非難されているのだ。

■「単独親権」は虐待受けた子どもを守る制度ではない

 日本で離婚後の「共同親権」の法整備が進まないのは、根強い反対があるからでもある。その代表的な理由として挙げられるのが、「共同親権」だと引き続き夫と連絡を取らなければならず、夫から妻への暴力や、夫から子どもへの虐待があった場合に、妻や子どもを守ることができないというものだ。

 しかしAさんの場合は、子どもの面前で妻がAさんに暴力を振るったことで、妻による子どもへの虐待が病院によって指摘されている。「単独親権」だからといって、虐待を受けた子どもを守ることにはならないケースもあるのだ。

 「虐待から子どもを守るのは、親権とは別の機能です。共同親権であれば、私の妻も子どもを連れ去る必要はなかったでしょう。子どもを連れ去られることを望んでいる人などいません。むしろ単独親権制度によって、苦しむ人が生まれているのです」

■子どもたちと以前のように暮らせる可能性は限りなく低い

 Aさんは昨年末に共同監護などを求めて審判を申し立てたあと、妻が申し立てた離婚調停が不調に終わり、現在は離婚裁判で争っている。しかしAさんは、過去の経験からも、現状からも、裁判に勝訴して子どもたちと以前のように暮らせる可能性は限りなく低いと感じている。

 「私にとって子どもたちと一緒に暮らすことは、人生のすべてです。子育て以上に人生で大切なことはないと思って生きてきましたから、子どもたちとの日常生活が失われた状況は、自分の体が引き裂かれたような苦しみです。共同親権の実現について、もっと多くの方に考えていただきたいと思っています」

 海外では、親と切り離された子どもたちの心理を研究した結果、共同親権が普及していったという。Aさんは自分のケースを多くの人に知ってもらうとともに、日本で共同親権の法整備が実現するよう訴えていきたいと話している。


田中 圭太郎(たなか・けいたろう)
ジャーナリスト
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。

血縁を重視する中国人にとって理解し難い! 日本では離婚すると子に会えなくなるらしい=中国

出典:令和元年7月29日 サーチナ

血縁を重視する中国人にとって理解し難い! 日本では離婚すると子に会えなくなるらしい=中国

 日本では離婚した場合、母親が子どもの親権を持つことになるケースが多いと言われている。こうした現状について、中国メディアの今日頭条は25日、中国人から見た日本の親権、特に「離婚や別居をすると親であっても我が子に会うことが制限される」ことについて、「一方の親がまるで子供を誘拐しているかのようだ」と驚きを示す記事を掲載した。

 記事は、「日本では離婚の際に親権を巡って裁判が行われ、結果によっては親権を持つことができなかった親は我が子に全く会えないという事もある」と指摘。これは中国人からすると、親が子を平等に監護する権利がなく、「警察や司法が子の誘拐を容認している状態」ではないかと衝撃を受けた様子だ。

 誘拐というと犯罪のニュアンスが強く含まれるが、親双方が同意している状況であるため実際には誘拐ではなく、民法の条文にあるように「子どもの利益のため」に離婚後の親権が話し合われている事を伝えた。また、日本の伝統的な家庭の概念は「母親が子の世話をし、父親が働いて収入を得ると分担が別れているケースが多い」と紹介し、中国と違って離婚後に共同して子の監護をするという考え方はない」と説明した。

 続けて、日本ではたとえ親であっても、親権を持たない側の親が子どもを連れ去れば「警察が介入する」と伝えたほか、離れて住む親が「養育費を請求されても、我が子に会える時間はひと月に数時間しかない」という事例があることを紹介し、血縁を重視する中国人にとって理解し難い状況であることを強調した。(編集担当:村山健二)

親による「誘拐」が容認されている日本の異常~なぜ離婚後の共同親権が認められないのか

出典:令和元年7月22日 東洋経済ONLINE

親による「誘拐」が容認されている日本の異常~なぜ離婚後の共同親権が認められないのか

レジス・アルノー : 『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員

隠れた誘拐大国ニッポン――。近年、夫婦が別離した際などに、片方の親が子どもを連れ去り、もう片親が会えないという問題がメディアなどで取り上げられるようになっている。実際、配偶者と別れることを考えている相談者から、子どもの親権を確実に取るにはどうしたらよいかと聞かれたら、「日本では子どもを連れて家を出るのがいちばんだとアドバイスせざるをえない」とある弁護士は明かす。
日本の伝統的家族観は、母親が子どもの面倒を見て、父親が働いてお金を持ってくるというものだ。そのため、日本には両親の別離後も両親が子どもを共同で監護するという発想がなく、日本の警察や司法は片方の親による子どもの「連れ去り」を事実上容認している状態にある。その表向きの理由は、連れ去りを罰することは、それを容認するよりも、子どもに悪影響を与えるから、というものだ。
■妻との口論後に子どもを連れ去られた
日本で言うところの連れ去りは、英語では「abduction」といい、通常、誘拐、拉致と訳される。ところが、日本ではこの行為を誘拐や拉致とは別のことのように捉えている。「片親が他方の親の同意なく子どもを連れ去ることは『誘拐」と表現するべきです」と児童精神分析に詳しい東京国際大学教授の小田切紀子氏はいう。
片方の親が子どもを連れ去った場合、裁判所や警察は介入しない。しかし、連れ去られた側が子どもを取り戻した場合、介入が起こる。このシステムでは、子どもを最初に連れ去った親が有利となる。連れ去った期間が長ければ長いほど、連れ去られた側の立場は弱くなる。
馬場満氏は昨年11月5日、妻との口論後に2人の子どもが連れ去られたと主張する。それ以来、彼が子どもに会えたのは30分間だ。子どもたちは彼の家から2キロもない場所に住んでいるが、会うことは許されていない。
子どものうちの1人は慢性的な病気で、離れて以来、馬場氏の知らないうちに2度入院。不眠症に苦しむ馬場氏は仕事を辞め、現在は夜タクシー運転手の仕事をしている。目下、さいたま家庭裁判所に子どもを取り返す訴えを起こしているが、子どもに会える可能性についてはあまり楽観視していない。実は、馬場氏自身15歳のときに父親に連れ去られ、父親から母親を嫌うように教えられた。「母親に再会できるまでに36年かかった」と、彼は話す。

別の日本人の父親は5年前に妻がふさぎ込み、生後6カ月の子どもを連れて実家に帰ったという。彼は急いでそこへ向かったが、息子に会うことが許されたのはたったの4時間。そしてその後は1年7カ月もの間、息子に会うことができなかった。
父親は養育費を支払っているが、父親が子どもに会えるのは月に1回、2時間。父親は裁判所で親権を求めたが、裁判官は、母親の行った連れ去りは違法ではなく、母親に引き続き監護養育を継続させることが子の福祉に合致するとして、彼の求めを拒否した。妻が再婚した場合、彼女の新しい夫は、子の父親の同意なしに子の親権者となることができる。
この2人の父親のケースは、日本で何千件と生じていることの一例にすぎない。

■マクロン大統領に窮状を訴えたフランス
こうした連れ去りでは、多くの場合、別居を通じ、子どもを連れ去られた親は子へのアクセスを失う。連れ去った親は事実上、残された親への訪問をどの程度許可するか、あるいは、訪問を認めないかなども決めることができる。連れ去った親が面会を拒否した場合、残された親が面会権を得られたとしても、1カ月2、3時間、場合によっては連れ去った親の監視下など、とんでもなく厳しい条件下での面会となる。親権や面会をめぐって係争中の場合は、面会はさらに制限的にしか認められないことが多い。
一方、日本で事実上容認されている連れ去りは、海外でも大きな問題となっている。6月26日、G20に先駆けて東京のフランス大使館でスピーチを行ったフランスのエマニュエル・マクロン大統領は、フランス人男性3人と面会した。いずれも、子どもが日本人妻に連れ去られたと主張している父親だ。1人は、元妻から送られてきた子どもの写真を持ってきていた。写真では子どもが両手を高くあげ、父親から送られた誕生日プレゼントを持っている。ただし、プレゼントの封は開けられていないままだ。
別の父親はマクロン大統領に、去年の夏のある夜に帰宅すると、家にはベッドと洗濯機、そして自分のパスポートしか残っていなかった、と話した。2人の子どもは妻に連れ去られてしまっていた。妻は家庭内暴力を訴えてシェルターに数週間避難していたのだ。もっとも父親はこれを否定している。
その父親は子どもたちが連れ去られたことを警察に報告した。そこで警察官に告げられたのは、それは「プライベート」な対立であり、警察の管轄外だということだった。だが仮に彼が子どもを取り戻そうと連れ去った場合、彼は誘拐で逮捕される。つまり彼はもう2度と子どもに会えないかもしれないということだ。
妻が昼間にひっそりと家に帰っていることに気づいた彼は、家とその周辺にくまなくカメラを仕掛けた。彼は録画された映像で、妻が7カ月の娘を車のトランクに閉じ込めているのを確認。だが、児童保護センターはそのビデオを受理するのを断った。

彼は子どもの連れ去りに関して、現在までに弁護士費用などに多額の費用を費やしてきた。家に帰る途中で妻と子どもに出くわして迷惑行為で訴えられないよう、子どもたちに会わないように迂回している。彼の件は現在、裁判中だ。
国際間の連れ去りの被害者はまだラッキーかもしれない。国境を越えた子どもの誘拐に対応する「ハーグ条約」があるからだ。同条約は子どもが国境を越えて連れ去られた場合、子どもを元の居住国に直ちに返還することを原則としている。もちろん母親による連れ去りも対象だ。日本もアメリカやヨーロッパ諸国からの圧力を受け、2014年に91番目の国として同条約に署名している。2014年以降多くのケースがこの条約のおかげで解決してきた。

■子どもから親を奪っていいのか
外務省が最近、ハーグ条約についてのシンポジウムを開催した際、参加者によれば、登壇した最高裁判所の家庭局の澤村智子課長は、日本のハーグ条約の実施状況に自信を見せていたという。とはいえ、ハーグ条約では日本国内で起こっている誘拐は解決できない。
「確かに連れ去りのほとんどは、母親が父親との関係で深刻な問題に直面しているときに起こる。だからといって、必ずしも子どもから親を奪ってよいことにはならない。国内でも、連れ去りは原則として違法であることが明確にされるべきだ」と、ある弁護士は言う。
こうした連れ去りが頻繁に起こる背景には、日本では離婚後の共同親権は認められていないことがあるだろう。そのため、子どもの養育に2人とも深くかかわってきたカップルでさえ、片方だけが100%親権を得るという以外の選択肢はない。
「日本では毎年、約20万件の離婚が起こっており、両親が離婚する子どもの数は離婚の数とほぼ同数です。その3分の2は、もう連れ去られた側の親と会うことはありません。これは、子どもにとって、このうえなくつらいことです」と、小田切教授は言う。
多くの日本人の父親は今でもこうした状況をしかたがないと思っている。しかし、多くの女性が働くようになり、3分の1のカップルが離婚している中で、単独親権制度は正当化されがたくなっている。家庭内暴力の被害者である親や子どもを守るためには単独親権が必要な場合もあるだろうが、子どもの両親が共同親権に同意しても認められないというのは、どう考えてもおかしくないだろうか。

片親が家庭内暴力を主張するケースもある。アーティストのミナコさんも元パートナーのそうした主張に苦しんできた1人だ。「前夫は、私が子どもたちに薬を与えすぎる、と言って私を子どもたちから引き離しました。彼はそう主張して医者からの証明を取ってきたのです。日本は家庭内暴力の虚偽の主張について適切に対応ができていません」と、彼女は話す。
民法第766条では、離婚後の監護を「子の利益」に基づいて決めることが要請されているが、「子どもの立場から見れば、共同親権が最良のシステムだ」と、専修大学の早川眞一郎教授は話す。ウェストミンスター大学のマリリン・フリーマン教授が、子どもの時に片親を奪われた成人34人を調べたところ、多くが「消えない不安感」や「生きているというよりも生き残っている」という気持ち、「繰り返される自殺未遂」といったトラウマを抱えていることがわかった。こうした研究は日本ではなされていない。

■マクロン大統領も連れ去りを嫌悪している
だが、変化は海外からの圧力によってもたらされるかもしれない。国籍や背景が異なる人々の離婚の増加によって単独親権システムが世界中の激しい非難にさらされている。日本と海外の父親が提携し、7月末には、国際連合人権理事会にこのシステムが子どもの権利条約に違反していると訴える予定だ。
6月末のG20でも、イタリアのジュゼッペ・コンテ首相が安倍晋三首相に子の連れ去りを巡る状況について不満を述べた。同首相は6月半ば、6歳の息子と4歳の娘を日本人妻によって連れ去られたイタリア人のトッマーソ・ペリーナ氏と電話で16分間話した。彼は2人の子どもたちに面会できない状態だ。「首相の私すら問題を解決できない」と、コンテ首相も頭を抱えている。

マクロン大統領も連れ去り問題には嫌悪感を持っている。6月26日に3人のフランス人の父親と対面した後、大統領は同日の夕食で安倍晋三・昭恵夫妻にこの問題を持ち掛けた。「到底受け入れられない、嘆かわしい状況がある。この状況に立たされているフランス人がいるのを放っておけない。彼らの子どもの基本的な権利と彼らの親としての権利は守られなければならない」とマクロン大統領は翌日、明らかに心を動かされた様子で語った。
日本の外交上の課題の1つは、北朝鮮による日本人の子どもの誘拐だ。それは確かに“普通の”誘拐よりおぞましい。「だが、フランスの子どもたちが日本で誘拐され、それが罰せられないままで、どうやって日本はわれわれのサポートを得ようというのか」と、あるフランス人外交官は話す。
「私は日本を守るためにここにいる。ドナルド・トランプ大統領が日本とアメリカの関係は一方的だと言っているけれど、それは正しい」と、米軍基地で働くマイク・ブレザー氏は言う。彼は妻との離婚手続き中で、14歳の息子に面会することができない。8歳の娘とは、かなり限られた形でまだ面会できるものの、離婚が成立してしまえば娘との面会も打ち切られるのではないかと不安に思っている。
アメリカには、昔は奴隷制度があった。でも日本の単独親権システムはある意味でそれよりも悪い。親と子という、最も基本的な人間関係を壊すことを許しているからだ」

「自己肯定感が低く、死にたいと言う子も多い」親が離婚した子どもたちの喪失感

出典:令和元年7月21日(2019年7月30日号) 週刊女性

「自己肯定感が低く、死にたいと言う子も多い」親が離婚した子どもたちの喪失感

 「離婚するなら、どうして結婚したの?」「何で私を産んだんだ」「私はもう生きている意味がない」
 親が離婚した子どもたちから「ウィーズ」に寄せられた声だ。ウィーズは親の離婚を経験した子どもをサポートするNPO法人で、理事長の光本歩さんが2009年に個人事業としてスタート、'16年に創設した団体だ。

■親の離婚は一種の喪失体験
「相談も受けていますが、メールで“死にたい”と書いてくる子が多いです。“アンタさえいなければ”と親から暴言を吐かれたりして、愛されている実感が持てない。自己肯定感が低い子が多いと感じます。ただ、個人差がすごくあって、例えばDVをしている親を殺してやりたいと憎む子もいれば、そんな親でも好きだという子もいる。本当にケースバイケースですね」
 相談を寄せるのは中学生から大学生まで幅広い。リストカットを繰り返し自傷行為に走るなど、年に4、5人は大変なケースがある。光本さんは頻繁にメールやLINEでやりとりを続けて信頼関係を築き、夜中でも対応しているそうだ。
「両親がケンカする姿をずっと見続けたり、離婚後も片方の親の悪口を延々と聞かされたりして結婚願望を持てなくなって“こんな自分はおかしいですか”と聞く子もいます。一方で親の離婚を機に、しっかりしなきゃと精神的に自立。親を反面教師にして早く結婚する子もいますし、どちらも半々くらいですかね」
 ウィーズのスタッフは、ボランティアの大学生を含めて42人。ほぼ全員が親の離婚を経験している。
 光本さん自身、13歳のときに両親が離婚している。借金をした母親から離れ、父と妹と3人で夜逃げしたため、経済的にも困窮し進学に苦労した。その経験から、10年前にひとり親家庭の子どもの学習支援塾を立ち上げたことが、今の活動につながった。
「子どもにとって、親の離婚は一種の喪失体験なんですよね。片方の親に会えない寂しさがあるけど、自分の家庭は普通じゃないから、周りの人にはわかってもらえないと思っている。胸の内を吐ける場所もないので、喪失感を埋めることができないまま大人になる。私の場合、高校の担任が親の離婚を経験していて、話を聞いてもらえたので、運がよかったんです」
 '12年からは面会交流の支援も始めた。離婚後に離れて暮らす親と子どもを面会させるため間に入って調整。1歳から高校生までの子どもに付き添ったり、送迎したりしている。昨年度は延べ630件の利用があった。
 面会をして等身大の親を知ることは、子どもにとって大事だと考えているからだ。

 光本さんの父は借金をした母を憎んでいたので、「お母さんに会いたい」とは口が裂けても言えなかった。だが、そのぶん思いは募った。高校に入り、会いたい一心で貯金をし、母のもとを訪ねると、母は悪びれもせず彼氏を伴って現れた。
「ごめんね、のひと言もなく“エー!”って思ったけど、母はこういう人間なんだ、だから離婚したんだ、と納得できた。現実の母を知ったから次に進めたんです」

■離婚の裏で傷ついている子どももいる
 '11年度からは年に1度、2泊3日でキャンプを行っている。対象はひとり親の小学4年生から中学3年生。みんなでカレー作りなどの自炊をし、親の離婚について話し合うワーク活動も行う。
「あの先生、変な顔だね」「ほんと、キモイ~」
 初対面の子ども同士が顔を合わせると、まず悪口で盛り上がることが多い。
「自己肯定感の低い子は、褒められるとか認めてもらった経験が少ないから、最初に否定から入る。両親が否定しあう様子を見てきたことも大きいと思います。
 でも、それは健全じゃない。ポジティブな言い方に変えるため、小さなことでも褒めるようにします。ボランティアの大学生たちも子どもたちを見ていて、自分もそうだったと気がつく。親の離婚に傷ついた自分を客観的に見られるようになるんですね」
 毎回20~30人が集まるキャンプの参加費用は無料。面会交流支援も、今年3月から遠方を除き無料にした。費用は助成金や寄付でまかなっている。光本さんが何年もかけて行政や民間団体にアプローチした成果だ。
「私もこの支援を通じて救われたし、自己肯定感を育ませてもらった。親が離婚して大変だった経験も、いま困っている子どもを助ける役に立っていると思えば、プラスに感じられますから」
 設立以来、ウィーズの活動は忙しくなる一方だ。軽い気持ちで離婚する最近の風潮について、光本さんはどう見ているのか。
「離婚がダメではない。でも、その裏で傷ついている子どもがいることを忘れないでほしい。子どもの目線に立って考えることを忘れている親御さんが多いので、もう少し冷静に考えてもらいたいです」

光本歩 ◎NPO法人「ウィーズ」代表理事。第三次静岡県ひとり親家庭自立促進計画策定委員。1988年生まれ。13歳で親が離婚。東京福祉大学教育学部中退後、離婚した子どもたちのトータルサポートをスタート。テレビ、新聞、ラジオなどメディア出演多数

「共同親権」の展望(下)出遅れた研究 早川昌幸(新城通信局)

出典:令和元年7月14日 中日新聞

「共同親権」の展望(下)出遅れた研究 早川昌幸(新城通信局)

「共同親権」問題を含む親子の心理の追跡研究は、欧米で古くから進む。子どもの「人格発展権」を尊重するドイツでは、連邦憲法裁判所が一九八二年に「離婚後の例外なき単独親権は違憲」と判示した。
 米国の研究では、離婚は子どもに心理的不適応を引き起こし「重大なリスクになる」との報告がある一方で、共同監護で世話をした子どもと親の離婚を経験しなかった子どもとの間で、精神疾患の割合に大きな差異はない、とも報告されている。

 棚瀬一代さん(二〇一四年、七十一歳で死去)は、大学教授、臨床心理士として米国カリフォルニア州などで共同監護の実態に接し、傷ついた子どもの心の深層をつぶさに見てきた。その経験を日本に戻って実践した。「心のよりどころだった」と振り返る当事者も多い。

◆子に与える傷を浅く
 「離婚そのものが、子どもに心的外傷(トラウマ)を与えるわけではない。その後に両親がわが子のために賢明な選択をしていけば、子に与える傷を小さくできる」
 一代さんと十代で出会った夫の孝雄弁護士(76)も、「共同親権」実現をライフワークにした。「日本は欧米に比べ、この問題で完全に出遅れた。取り組みを進める人材を育成し、少しでもグローバルスタンダードに近づけなければ」という亡き妻の主張を代弁する。幾多の反対意見をものともせず活動を続けた二人の存在は国内では希少だという。
 東京都港区に住む国際・国内線パイロットの男性(47)も当事者の一人。妻は昨年暮れ、保育園児の長男(5つ)と長女(3つ)を連れて家を出て行き、現在は共同監護などを求め、東京家裁で審判中。離婚訴訟も近く始まる。男性は勤め先の理解もあり、フライトを減らして子育てや園への送迎、通院に積極的に関わってきた。そのためか二人の父親への愛着は強い。録音とともに家庭裁判所に提出した陳述書に目を通すと、男性の切ない思いが伝わってくる。
 四月の夕刻、同居していたころに遊ばせていた公園で母子と出くわした際の記録だ。駆け寄ってきた子どもたちは「パパの家に帰って一緒に過ごしたい、一緒に泊まりたい、朝はパパと保育園へ行きたい」と、母親である男性の妻に泣き叫びながら、必死に訴え続けたという。妻の激しい文句が始まった。
 妻「こんな強行するような!」
 男性「強行なんかしない、強行したのは、あなたでしょ」
 妻「違う」
 男性「連れ去ったんでしょ」
 妻「今一緒に暮らしてるのは私でしょ」
 男性「連れ去ってね」
 妻「どうしたらいいの、じゃ!」
 子煩悩な男性は「週三日でも面倒をみたい。子どもを元の環境に戻したい」と願い、「子どもと人生を過ごすために生きている」と話す。子どもが通う区立保育園が保護者への行事案内を男性に送ってこなくなり、園内での接触も制限されたため、「妻と同等に扱われていない」と区に訴え、ある程度改善された。
 代理人弁護士は「これほど父親を慕うのはレアなケース」と驚く。同じ立場の男性の知人は「子煩悩な親ほど心のバランスを崩すことが多い。家裁に抗議して自殺を図ったケースも聞く」と気遣う。

◆腰が重い政治、行政
 男性による支配・差別が問題視された「家父長制」を乗り越えて女性の社会進出が当たり前になったことで、子どもの監護を巡る紛争が激増したのは、時代の流れかもしれない。上川陽子前法相は「家族の在り方が変化している」として共同親権の導入に一定の理解を示した。各国から批判が相次いでも事態が進展しない背景には、反対意見やしがらみへの配慮、行政事務の作業が煩雑になることへの警戒など、政治や行政の消極姿勢があるのではないか。
 一方で、司法の世界でも日本の後進性を危惧する声があった。最高裁家庭局の元調査員は、論文で「困難な事件の解決について、米国の実践から学ぶ点は少なくない」と指摘。夫婦の対立が激しいケースでこそ、第三者が子どもの立場に立って共同監護に導く必要性を説くが、日本の家裁はそんな先進国の標準にほど遠いのが実情だ。
 孝雄弁護士が「私のバイブルです」と語る国連の「子どもの権利条約」(一九八九年十一月二十日署名、九〇年九月二日効力発生)の九条三項に、こうある。
 「締約国は、児童の最善の利益に反する場合を除くほか、父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する」
 子どもの立場になれば当たり前のこと。これ以上、放置すべきではない。

<当会からのお願い>
7月7日及び7月14日に掲載された中日新聞の記事について、感想あるいは今後の掲載要望などご意見を下記の中日新聞編集局宛に送信頂けましたら幸いです。
genron@chunichi.co.jp

「離婚をしても親はふたり」子どもを私物化しない共同養育のススメ

出典:令和元年7月13日 AERA

「離婚をしても親はふたり」子どもを私物化しない共同養育のススメ

 ひとり親という言葉があるが、亡くなったのではなく離婚をした場合の表現としては、実はおかしい。離婚をしても、子どもにとって親はふたり。子どもはどちらの親からも愛されて育つ権利があるはずだ。

 しかし、現状では両親の離婚後、一緒に暮らしていないほうの親と子どもが定期的に面会をしているのは、母子家庭で約3割、父子家庭で約4.5割(厚生労働省 平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果報告より)。面会交流をしていない理由は様々だが、母子家庭の場合はとくに「相手とかかわりたくない」という答えが目立つ。そう、多くの子どもたちが、親同士の感情のもつれから、片親との交流を奪われているのである。

 しばはし聡子さんも、以前は「元夫とかかわりたくない」ために、子どもと父親との面会交流に消極的な親だった。

「4年前に離婚したとき、息子は10歳。息子から父親を奪うつもりはありませんでしたが、まだ小学生だったので、親同士が連絡を取り合わないと会わせることができません。でも私は、離婚時に揉めたトラウマから元夫とかかわるのが苦痛で、あまり積極的にはなれませんでした。息子に『パパに会いたい?』と聞き、いま思えば私に気を使って『別に』と答えたのをいいことに、『とくに会いたくないみたいですけど』と、元夫に伝えたりもしていました」

 しかし、離婚という辛い経験を無駄にしたくないと始めた勉強会で、離婚後の子どもの面会交流についての知識を深めるうちに、離婚をしても子どもは両親のどちらともかかわるべきだと考えるようになった。「両親のどちらからも愛されている」と実感できることが、子どもの気持ちを安定させる。そこで振り返ってわが子を見てみると、父親に会いたいと言えない子どもにしてしまっていた。

「このままではいけないと思い、自分から元夫に『来週、息子をごはんに連れて行ってあげてください』とメールしました。何をいまさらと言われることも覚悟しましたが、元夫は『喜んで!』と返してくれました。そこからするすると気持ちがほぐれ、息子をはさんだ親同士として元夫と連絡を取り合うことに、まったく抵抗がなくなりました」

 そんな親の変化を感じてか、息子は父親に会いたいという気持ちを隠さなくなった。会った後は「こんなものを食べたよ」「こんな話をしたよ」などと、うれしそうに父親の話をしてくれるようにもなった。

「私との間で父親の存在がタブーではなくなり、家の中が明るくなりました」
  
 中学生になってからは、自分が会いたいときに自由に父親に会いに行くようになり、泊まってくることも増えた。しばはしさんももちろん、快く送り出している。男親ならではのかかわりは、思春期真っ只中の子育てにはむしろありがたい。

「離婚をしても親はふたり。離婚後も両親が子育てにかかわる『共同養育』は、息子にとってはもちろん、私にとっても元夫にとっても、よいことだと実感しました」

 この経験を踏まえ、しばはしさんは「共同養育」普及を目指し、一般社団法人りむすびを設立。離婚相談や面会交流支援などを行なっている。

■離婚によるダメージを最低限にできる「共同養育」

「私が考える共同養育とは、子どもが両親の顔色を見ずに素直な気持ちで『お父さんに会いたい』『お母さんに会いたい』と言えたり、自由に行き来したりできる環境を、親同士が協力し合ってつくっていくことです。その環境さえあれば、たとえ親同士が直接顔を会わせることができなくても、共同で養育していると言えると思います」

 共同養育のメリットは、子どもがどちらの親からの愛情も変わらず受けられることで、離婚によるダメージを最低限にできることだ。

 子どもがいるならできれば離婚は避けたいけれど、夫婦が破綻してしまったのなら仕方がない。離婚をしても共同養育者として子どもをはさんで新しい関係を築き、子どもが両親のどちらからも愛されていると感じられるようにできるなら、仲が悪い夫婦の姿を見せるよりむしろよいだろう。

「なかには、離婚は自分のせいだと思って苦しむ子どももいます。共同養育を行うことで、離婚はあなたのせいじゃないよ、と伝えることにもなるんです」

 共同養育は、子どもだけではなく親にもメリットがある。子どもと同居している側の親にとっては、ワンオペ育児からの解放。子どもが元夫(妻)と会っている間、自由な時間がもてるし、何か買ってもらったり食べさせてもらったりすれば、家計も助かる。

「離婚をしたからといって一人で子育てを背負おうとはせず、相手のマンパワーも活用することで、時間にもお金にも精神的にも余裕が生まれます」

 自分に万が一のことがあったときの、リスクマネジメントとしても有効だ。いざというとき、これまでほとんど会っていなかった元夫(妻)に子どもを託すのは不安でしかないが、交流していたのであれば少しは気が楽だ。

「子どもと別居している側の親にとっても、血のつながった子どもとかかわれることはうれしいはず。また、会っている、会っていないに関係なく養育費は当然の義務ですが、子どもの成長を目にしていれば、責任感は高まるでしょう」

 さらに「共同養育」は、社会的な課題を解決する糸口にもなる。最近、親のパートナーによる連れ子に対する虐待などの事件が頻発しているが、それを避けるためにも子どもの実親というもう一つの目が入ることは大切だ。

■「共同養育」があたりまえの社会に

 しばはしさんの願いは、「共同養育」があたりまえのこととして広まることだ。

「『離婚をしても親はふたり』と伝えると、たいていの人は『そりゃあそうだよね』って言うんです。でも、自分が当事者になった途端に忘れてしまう。相手に対する嫌悪感や憎悪感から『私の子どもをなんであんな奴に会わせないといけないの』と」

 しかし、そうして子どもを私物化し、ひとりで抱え込むことには弊害しかない。「ひどい親だから」と会わせなければ、子どもはひどい親だと思い込んで育つ。ひどい親かどうかを判断するチャンスも与えられないのは、子どもにとってどうなのか。子どもに対する暴力などの場合を除いては、どんな親でも子どもにかかわり続けていくべきだ。

「どうしても離婚が避けられないなら、子どもが不幸にならないようにしてほしい。そのためにも『共同養育』があたりまえの社会になってほしいと思っています」

(文/上條まゆみ)

「共同親権」の展望(上)迷走する議論 早川昌幸(新城通信局)

出典:令和元年7月7日 中日新聞

「共同親権」の展望(上)迷走する議論 早川昌幸(新城通信局)

離婚したことで、わが子と会えない親が「面会交流」を求め、家庭裁判所に調停や審判を申し立てる件数が、増加の一途をたどっている。日本は離婚後、両親のどちらかが子どもの親権者となる、先進国で数少ない「単独親権」制度。子どもの利益を優先する観点で「共同親権」制度を立法化する動きはあるが、なかなか進まない。
 妻による子の「連れ去り」の当事者で、「共同親権」実現を目指す市民団体「チルドレン・ファースト」の会社員の男性(53)は「一番の被害者は子ども。これまでの議論には“子ども目線”が欠けていた」と訴える。「会えないことで愛情を受けられないと情緒が安定せず、その子どもだけでなく、次の世代にも負の連鎖をもたらしかねない」と、他のメンバーと警鐘を鳴らし続けてきた。

◆「単独親権」は少数派
 東アジアの中で、現時点で単独親権を規定し、父母双方でケアする共同親権を選択できないのは、モンゴル、北朝鮮、日本の三カ国だけ。今年は、親子不分離などを定めた国連の「子どもの権利条約」が生まれて三十年、日本が批准して二十五年の節目。結婚の破綻で子どもを国外へ連れ去った場合のルールを定めた「ハーグ条約」を、日本は二〇一三年にようやく批准し、関連法も翌年から施行されたが、共同親権の導入はいまだに実現していない。
 今年二月に国連から再度、法改正を勧告され、昨年三月には欧州連合(EU)の二十六カ国からも書面で抗議を受けた。海外メディアは、片方の親による子の「連れ去り」や「引き離し」に対し、「日本は拉致大国」と報道してきた。馳浩衆院議員(自民)らを中心とする超党派の国会議員連盟が共同親権の立法化を目指してきたが「親子断絶防止法案」「共同養育支援法案」など、法案の名称の段階で迷走し、法制化のめどが立っていない。
 家裁で子どもとの面会が取り決められたのに、回数が制限されたり、守られなかったりするケースは多いが、法的な罰則はない。別居する子どもが面会を拒むケースも少なくない。
 愛知県三河地方で和食店を営む男性(40)は、家裁の調停員に「面会は月一回程度。会い方は双方で話し合って」と促された。ところが、現在は中学二年の長女と小学二年の長男に会えたのは、入学式直後の一回だけ。元妻の言い分は「二人とも新生活が始まったばかりなので、そっとしておいて」だった。養育費を支払い、連絡を取りたいと長女にスマートフォンを買い与えたが発信に全く出ず、会員制交流サイト(SNS)はブロックされた。
 子どもが同居して世話をする親の影響を受けて顔色をうかがい、片方の別居親との交流を拒絶する状態を「片親疎外」という。正当な理由なく、片方の別居親との交流を拒絶するケースもこれと同じだ。児童心理学の専門家は「子どもの思いへの共感力の欠如から、親が子どもを自分の思いで支配し、服従させてしまう行為で、心理的虐待に該当する」と指摘する。
 子ども自身の考えのように見える面会拒否も、実際には同居親に気を使っていることも少なくない。「月一回だけでも会って元気であることを確かめたいし、店の料理を食べさせたい。とにかく親権が欲しい」。男性だけでなく、子の祖父母らも面会を望んでいるという。
 法務省は、安倍晋三首相の指示を受け、共同親権の導入可否の検討に入った。依然として異論も根強いが、外務省を通じて七月末までに二十四カ国の制度を調査し、問題点を整理する。
 二月の衆院予算委員会での論戦で、安倍首相は「もっともだという気もする。子どもはお父さん、お母さんに会いたい気持ちだろうと理解できる」と述べた。首相としては初めての見解。その談話を引き出した串田誠一議員(日本維新の会)は「超党派連盟は全く応援してくれなかったが、ターニングポイント(転換点)になる」と確信する。

◆面会交流で元気戻る
 長年、夫婦でこの問題に取り組んできた棚瀬孝雄弁護士(75)は、五年前に七十一歳で他界した臨床心理士の妻一代さんが「ほとんどの子は離婚してほしくなかったと思う。別れて住む親への思慕の念を抱き続けている」と語った言葉を心に刻む。一代さんは、東京・新宿に開設したカウンセリングルームで、悲しみと無力感にうちひしがれていた子どもが、面会と面接を組み合わせるセラピーで元気になり、子どもらしさを取り戻していく様子を見守った。
 家族法の専門家は「別居後の継続的な面会交流が子どものために必要という認識を社会が共有し、面会実現を義務付けるルールが求められる」と話す。もともと他人同士である夫婦の問題と、血のつながった親子の問題は切り離して考えなければいけないのは、当然のことだ。子どもの将来を最優先にした社会に一日も早く、と願う。

注目集める共同親権 親権求める父親増加 共同なら離婚後も交流続く G7、「単独」日本だけ”

出典:令和元年6月24日 東京新聞

注目集める共同親権 親権求める父親増加 共同なら離婚後も交流続く G7、「単独」日本だけ”

※本文は記事を参照ください。

共同親権 生き別れ防げ 国際的には「単独」が例外

出典:令和元年6月23日 東京新聞

共同親権 生き別れ防げ 国際的には「単独」が例外” [#t6aaf62a]

年間二十一万人余の子が親の離婚を経験する日本。未成年の子を巡る両親の親権争いはしばしばドラマなどになってきた。そんな状況が変わるかもしれない。離婚後も父母で親権を持つ「共同親権」の導入を法務省が検討し始めた。離婚後に親の一方が親権を失う現行の制度は、離れて暮らす親と子が生き別れる原因になっているからだ。配偶者から家庭内暴力(DV)を受けた被害者を支援する人などから異論はあるものの、見直しを求める声は強い。 (佐藤直子)

※以下、記事を参照ください。

秋田女児殺人事件 娘を母親に殺害された父親が行政を訴えた理由 「助けられたのではないか…」

出典:令和元年6月10日 TABLO

秋田女児殺人事件 娘を母親に殺害された父親が行政を訴えた理由 「助けられたのではないか…」”

愛実ちゃんが小学校に入学したとき

2016年6月秋田市で9歳の女の子、千葉愛実ちゃんが母親の祐子(43)によって首を絞められて殺害された。
児童養護施設から母親の住むアパートに一時帰宅していたときのことだ。2泊後の夕方、愛実ちゃんが施設に戻るはずだった。しかし確認が遅れ、警察ががアパートに踏み込んだとき、祐子は意識不明、愛実ちゃんはすでに息絶えていた。2018年3月に最高裁で祐子は、殺人の罪で懲役四年の判決が確定。現在、服役中である。

この事件に関して父親である阿部康祐さん(46)は、6月7日、秋田県や秋田市を相手取り、損害賠償を求め、秋田地裁に提訴した。
母親が娘を巻き添えにして心中しようとしたことで、なぜ父親が行政側を提訴したのか。養育能力に欠ける母親に代わってなぜ父親が子供を引き取らなかったのか。母親に養育能力がなければ子供を引き渡さないのではないか。
この事件を取材し、今も阿部さんと連絡を取り合っている筆者、西牟田靖が、事件の概要や提訴の意味について、記してみたい。

わが子に会えずじまい

阿部康祐さんと祐子は、今から10年前の2009年、愛実ちゃんが2歳のときに離婚している。それから亡くなるまでの7年間、阿部さんと愛実ちゃんはほぼ会えずじまいであった。
離婚前のことだ。夫婦関係が破綻し、一人となった阿部さんが離婚調停を起こした。もめたのは愛実ちゃんの親権だった。というのも日本では諸外国のスタンダードである離婚後も共同親権ではなく、離婚後単独親権となるからだ。
調停の場で阿部さんは主張した。
「(精神疾患があり、家族との縁をほぼ絶って暮らす)妻に愛実は育てられないだろう。こちらには面倒を見る人はたくさんいる。それに私自身、回復次第働ける』と」
しかし親権は祐子側に認められてしまう。というのも日本の調停や裁判では、一緒に暮らしている方が有利という「継続性の原則」があったり、「母性優先」という考えがとても強かったりするのだ。
親権を諦めざるを得なかった阿部さんは、祐子側が提案してきた「月一回の面会交流」を呑んで調停を泣く泣く決着させる。
ところがその後、その取り決めは完全に反故にされた。「インフルエンザが流行っているから」などと、その都度もっともらしい理由を出され、会わせてもらえなかったのだ。
3人で住んでいた家に荷物を取りに行く名目で訪ねるも、祐子に警戒され、引っ越しされてしまう。心配した彼は元義父に頼んで新しい住所を教えてもらい、手段を講じる。
引っ越し先である大仙市役所へ行ったり、探偵社へ捜索をお願いしたり、幼稚園や地域の民生委員に見守りをお願いして回ったり……。さらには元義父にお願いして教えてもらった住所に「面会させて欲しい」と記した手紙を送ったりもした。

手紙を出したことが祐子の被害妄想を刺激したのか、対抗措置をとられてしまう。「家庭内で暴力を受けていた」という虚偽の申出を大仙市役所に出され、住所にブロックがかけられてしまう(DV等支援措置)。さらには「ストーカー被害に悩まされている」と警察に被害届を出されてしまう。こうしたことにより、阿部さんは愛実ちゃんとの縁を完全に絶たれてしまった。
一方、祐子は精神疾患を悪化させたことから、当時移転していた秋田市の児童相談所に「娘を預かって欲しい」と連絡。その結果、愛実ちゃんが4歳のとき、児童養護施設に預けられることになった。
このとき児童相談所は祐子の「夫はDV加害者でストーカーなのでくれぐれも連絡しないで」という話を精査せず鵜呑みにした。
施設の人たちは愛実ちゃんを大切に育てたようだ。入所した当時はコミュニケーションが下手で感情をあらわにすることがあったが、次第に落ち着き、女の子らしいかわいい少女へと成長していきつつあった。
ところが愛実ちゃんが9歳になった2016年の6月の一時帰宅の際、愛実ちゃんの人生はそこで終わりを迎えてしまう。事件が起こってしまったからだ。

失われなかった命ではないか

愛実ちゃんが亡くなってしまった原因はもちろん祐子が殺してしまったからだ。ただその途中で歯止めがきいていれば、失われなかった命だったのではないか。
もし日本がほかの大多数の国のように、離婚後単独親権で離婚しても共同で子育てをすることが当たり前の国ならば、事件は起こらなかったかも知れない。

とはいえ制度は簡単には変えられない。しかしそれでも途中で行政側の取り扱いがもう少し丁寧ならば、、、と思えてならない。
もし、面会交流が無事に行われていれば、
もし、大仙市役所が住所のブロックに慎重になっていれば、
もし、大仙市と秋田市の児童相談所が連携できていれば、
もし、秋田市の児童相談所が父親に話を聞き、児童養護施設に事情を伝えていれば、もし、一時帰宅の際、施設へ帰らなかった後、翌日の夕方ではなく、すぐに安全を確認できていれば、
いくつもの「もし」が頭に浮かぶ。
しかし実際のところは、本来もっとも弱い子どもたちを守るべき、児童福祉法やDV防止法、DV等支援措置といった仕組みが行政側をがんじがらめにしてしまい、愛実ちゃんの命を奪う遠因となってしまった。こんな皮肉なことはない。
「児童相談所が母親に養育能力が欠けていたと認識しながら、親権の停止を申し立てず、月1回の愛実さんとの面会をさせなかったなどとしている。阿部さんは、7日児童相談所を所管する県と秋田市、それに大仙市を相手取り8000万円余りの損害賠償を求め、秋田地裁に提訴した」(秋田テレビ)https://www.akt.co.jp/news?sel=20190607-00000005-AKT-1
阿部さんは話す。
「娘が殺されてしまって私にはもう失うものは何もありません。しかし私は世の中を変えたいんです。会わせてもらえずに辛い思いをしている人を一人でも減らしたいですし、みなさんには私のようになってほしくないんです。このままでいいのかということを裁判を起こすことで世の中に問いかけたいと思っているんです」

千葉愛実ちゃんが父親である阿部康祐さんとの縁を絶ち切られていなかったらこんなことは起こらなかったに違いない。嘘のDV主張を鵜呑みにし、阿部さんを遠ざけた行政側によってこの殺人は引き起こされてしまったとも言える。
この事件に関わってきた私も、この裁判が、制度が変わるきっかけになればと強く思っている。何の非もない女の子が無残にも殺されてしまう。それを助長するような法律は変えるべきだし制度も変えるべきだ。(写真・文◎西牟田靖)

妻のDVに苦しむ夫は意外と多い。殴られて救急搬送された夫が語った“恐怖”

出典:令和元年5月31日 女子SPA¡

妻のDVに苦しむ夫は意外と多い。殴られて救急搬送された夫が語った“恐怖”

 昨年、“エリート銀行員が妻を殺害し、母親が死体遺棄を手伝った事件”が前代未聞だと話題になったのを覚えているでしょうか?

 この事件の裁判での夫に対する被告人質問で語られたのは、妻からの家庭内暴力です。「顔面殴られたり、髪をつかまれたり、引きずり回されたり、100回以上ありました。土下座するわたしの頭を蹴りました。もう限界だと思いました」と証言した夫。

 もちろん夫側だけの証言だし、それで殺人が許されるわけはないのですが…。

 男女関係や不倫事情を長年取材し著書多数のライター・亀山早苗さんが、妻によるDV事例についてレポートします。(以下、亀山さんの寄稿)

妻の暴力に苦しむ男は少なくない?

 千葉県柏市で妻を殺害し、遺体を母親とともに実家の庭に埋めた罪に問われている元銀行員の男が、29日の裁判で「家庭内での妻の暴力や暴言がひどかった」と証言している。

 離婚を切り出したら、幼い娘とともにマンションの屋上へ駆け上がり、飛び降りて死ぬと脅したりもしたようだ。強迫神経症を患っていたらしいが、妻も夫も追いつめられていたのだろう。

 平成29年度の内閣府「男女間における暴力に関する調査」によれば、配偶者から身体的暴行、心理的攻撃、経済的圧迫、性的強要の4つのうち、ひとつでも受けたことがあると答えたのは女性で4割強、男性はほぼ2割(*)。

 あまり問題視されないが、女性から男性への暴力も決して少なくないのだ。

(*)配偶者からの身体的暴行、心理的攻撃、経済的圧迫、性的強要のいずれかの被害

参考 内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査 配偶者からの暴力の被害経験」(平成29年度調査)

 実際に、妻からの暴力がひどくて離婚したと語ってくれた男性がいる。サトシさん(47歳)は、調停や裁判を経て4年前、ようやく離婚できた。結婚前から神経質な女性ではあったが、妊娠をめぐってそれが加速した。

「私が30歳、妻が28歳で結婚しました。なかなか子どもができず、妻は思い悩んでいました。私は子どもがいなければいないでもいいと思っていたんですが、どうしても子どもがほしい、と。

 ようやく妊娠したのは4年後。今思えば、あのころから彼女はかなり神経過敏になっていましたね。流産するのではないかと恐怖にかられ、家の中のことはほとんどしなかった」

 サトシさんは外資系企業に勤めていて海外とのやりとりが多く、帰宅が遅くなることもあった。なるべく早く帰って家事をやるよう心がけていたが、どうにもならないときは妻の母に応援を頼んだ。

「ある日、どうしても仕事で会社に泊まらなくてはならないことがあったんです。疲れ果てて、朝やっと家の玄関を開けたらいきなりグーパンチが飛んできた。脳しんとうを起こして救急搬送されました」

 妻はどうやら浮気を疑っていたらしい。一晩、悶々とした結果がグーパンチだった。妻の不安はわかるが、いくらなんでもやりすぎだろうとサトシさんは将来に不安を覚えたという。

子どもが生まれた後も妻は神経過敏

 息子が生まれてからも妻の神経過敏は続いた。もちろん病院に連れていったこともあるが、結局は、「子育てのストレスですから、手伝ってあげてください」と言われるだけ。

 サトシさんは自分ができることは何でもやった。たとえ睡眠不足になっても子どものことに関しては手を抜かなかったという。

「妻の母親もよくうちに来て手伝ってくれていましたから、今でいうワンオペではなかった。それでも妻にとってはストレスがあったんでしょう」

 家に帰ると、出前でとった鮨桶(すしおけ)や取り寄せたらしい高級メロンの箱などがよく台所にあった。

 サトシさんはまったく食べていない。おそらく妻が母親と食べたのだろう。だがそれで少しでもリラックスできるならそれでもいいかと思い、彼は言及しなかった。

子どもの身体にアザを見つけた

 時間があればサトシさんは息子と遊ぶようにしていた。だが、平日はなかなか早くは帰れない。

 週末、彼が息子を風呂に入れようとすると、「今日は風邪気味だから入れないで」とか、「さっきあなたがちょっと出かけているときにもう入れた」などと言う。

 おかしいなと思い、ある日、早く帰れたので妻の制止を振り切って息子を風呂に入れた。背中に生々しいアザがあった。息子が2歳のころだ。

「ママにぶたれたの?と聞いたら、息子の表情が固まったんです。あんなに小さいのに言っていいかどうか考えている様子なんですよね。不憫(ふびん)でたまらなかった」

 妻に尋ねると、「昨日、外で遊んでいて背中から転んだ」という。背中から転ぶ状況を説明してもらったが彼には納得できなかった。

何もかもがおかしくなっていた

 その間も、何か気にくわないことがあると妻はサトシさんに暴力をふるった。多くは彼が妻の手をつかんでやめさせたが、そうすると今度は大声で怒鳴り続ける。息子はおびえて泣いた。

「家に帰る時間が5分遅れると、妻は『死んでやる』と脅す。謝ると土下座しろという。息子のためにも平穏な時間がほしいから、土下座するしかなかった」

 もちろん、話し合おうとしたことも何度もある。

「何が不満があったら言ってほしいと何度も言いましたが、妻はとにかくすべてがイヤだと。こんな生活はしたくないというから、じゃあ離婚しようというと『あなたは私を捨てるのね』と号泣する。

 お義母さんとも話しましたが、お義母さんはまったく彼女のおかしさに気づいていない」

 あとからわかったことだが、義母は娘からお金をもらって妙な新興宗教に貢いでいたらしい。何もかもがおかしくなっていた。

家の中に隠しカメラをつけて

 その後、サトシさんは家の中に隠しカメラをつけた。妻はやはり息子に暴力をふるっていた。

 彼は即座に3歳の息子を連れて家を出ることを決意した。妻に預けていた預金通帳を探し出すと、預金はほとんどなかったという。

「それなりに稼いでいたんですよ。だけどほぼゼロ。妻のクローゼットを見たらブランドもののバッグが使った様子もなく、値札がついたまま並んでいる。

 それを売り払うしかないと思って全部車に積んで、とりあえず友人宅に避難しました」

 翌日、妻が友人宅へやってきて、大騒動になったという。彼はすぐにマンションを借り、子どもは昼間、近くに住む妹宅に預けた。

 オートロックの妹宅のマンションに妻が入り込んで騒ぎになったこともある。

「妹夫婦が身体を張ってうちの息子を守ってくれた。それは感謝しています」

「いちばん怖かったのは、子どもを人質にとられていること」

 彼が息子を迎えに妹宅へ行ったとき、隠れて待っていた妻から襲撃を受けたこともある。それでも彼が警察沙汰にしなかったのは、「息子の母親を犯罪者にしたくなかったから」だという。

 彼は弁護士をつけ、離婚を模索したが話し合いは決裂。調停、裁判と進んで、ようやく親権をかちとって離婚した。

「妻が暴力をふるうと言っても、あまり周囲に信じてもらえないんですよね。精神科医の医者も頼りにならなかった。

 私がいちばん怖かったのは、子どもを人質にとられていること。だから妻を怒らせるようなことはしたくなかった」

 今は息子とふたり暮らし。忙しかった外資系企業を辞めて、友人と起業した。家でできる仕事も増えたが、12歳になった息子のほうが最近多忙だと笑う。

「でも時間があると息子とふたり旅をしています。この夏もふたりで自転車の旅をするつもり」

 サトシさんは、「過去のあの日々を思い返すだけで今も怖い」と最後にぼそっとつぶやいた。

<文/亀山早苗>

「友人にも妻にも話したことはない」離婚家庭の息子たちが明かす親子の関係

出典:令和元年5月30日 HUFFPOST

「友人にも妻にも話したことはない」離婚家庭の息子たちが明かす親子の関係

15万3600件。これは1988年、今から30年前の日本の離婚件数だ。婚姻件数が70万7716件なので、単純計算すると約21.7%の離婚率ということになる。
しかし、「親は二人」がまだまだ一般的な日本では、ひとり親家庭の親子関係はちょっと特殊とされる。もちろん、“親”なる存在がひとりきりだからである。
ひとり親家庭で育った子どもたちは、親とどんな関係を築くのだろうか。その当事者として、これまであまり語られることのなかった「母と子どもの関係」に注目し、女性編に続いて3人の男性に話を聞いた。
「こんなこと、友人にも妻にも話したことありませんよ。話したいことでもないし、話す機会もない」と、ある男性は語った。母との距離に人知れず悩む彼らの本音とはーー?

母との適切な距離は、最後までわからなかった

「結局、最後まで適切な距離感はわからないままでした」
7年前に亡くなった母親について、鈴本真二さん(仮名)はこう回顧する。
鈴本さんは、島根県生まれの41歳だ。両親が離婚したのは、小学校に上がる直前。母は、鈴本さんと3歳年上の姉きょうだいを連れて、実家に身を寄せた。
「よくある貧困母子家庭ですよ。母の帰宅は毎日夜中で、祖父母が親代わりでした」
「姉は中学に入って早々に非行の道へ走り、それを横目に見て育った僕は、小学校高学年からラジオや音楽、映画、雑誌、ゲームなどのカルチャーにどっぷりハマっていきました。放課後や休日は自宅に友だちを呼んで、自分にあてがわれていた家(母屋)の離れでたむろしていました」
中学時代は、街にある5軒のレンタル屋をめぐって映画のビデオをどっさり借り、それらを観て過ごすのが週末の楽しみだった。
「土曜日はもう一つ、大切にしていた時間がありました。深夜の12時半とか1時まで起きていて、仕事から帰宅した母親と、録画した『平成教育委員会』を観るんですよ。それが唯一の母との時間でしたね」
母は深夜まで働き、姉は不良仲間と外で遊び、鈴本さんは友人と濃密な時間を過ごす。それぞれが異なる世界で生きる鈴本さん家族が共有するのは、週に1度、1時間の『平成教育委員会』を一緒に観る時間だけだった。
しかし、そのつながりはあまりに危うく頼りなかった。鈴本さんは、ある些細なきっかけで家族との距離感を見失ってしまったのだ。
「ある夜、離れから母屋に戻ろうとしたときに、カギが締められていたんです。なぜだかすごくショックで、それから家族には心を閉ざすようになりました。誰がどんな意図でそうしたのかはわかりませんが、あの瞬間に家族とのつながりが切れてしまった」
暗闇でひとり立ち尽くした鈴本さんは同時に、「僕たち3人はやっぱりそれぞれが別々の人生を歩むんだな」と悟ったという。
「家族との関係をどうにかしなきゃとは思っていませんでした。当時はもう、血縁関係が嫌になっていて、友だちとの関係のほうがよっぽど濃いと考えてもいました」
高校卒業後は、18歳で上京。母親のことを憎いと思ったことはないが、母親とどう接するのがいいのか、何を話せばいいのかは、ずっとわからなかったと明かす。
「いつも『これをやっとけば喜ぶんだろうな』って他人事みたいな理由しか見つけられないんですよ。30歳で今の勤務先に入社したときも、『母でも知っている大手企業だし、息子が就職したら喜ぶだろうな』と思って報告しましたし」
事実、母は喜んでいた。とはいえ、鈴本さんが直接言葉をかけられたのではない。母の死後に、元同僚からそう聞かされたのだ。
「母にステージ4のすい臓がんが見つかったのは、僕が34歳のとき。当時は2週間に1回、田舎に帰っていました。それでも、僕はゆがんでいるんです。『顔を見せることがいいんじゃないか』と思ってきたくせに、弱った母の姿を見たくないから『行ったって仕方ないし』と地元の友だちと遊んでみたりしましたね」
母の闘病中は、『ワクチン治療に一縷の望みを託すべきだ』と母を説得し、治療費を出したりしたという。当時の彼女を連れて、結婚相手として紹介したりもした。すべては、そうしたいと望んだからだ。
「それでも、どこかで『息子だったらそうすべきなんじゃないか』『結婚という一般的な幸せを見せたらいいんじゃないか』と考える自分がいました」
一つひとつの言動は、彼を孝行息子に見せただろう。しかし内実は、彼は母との距離を最後まではかりかねていたのだ。
現在は、妻と二人で暮らしている鈴本さん。妻との関係は「家族というより個と個のつながり」だと話す。
鈴本さんは故郷を離れた地で、「血縁よりも濃い関係」が結べるかけがえのない相手を見つけた。

思春期、母親を「おばさん」と呼び始めた

田端弘さん(仮名)は、福岡県出身の44歳。両親が小学校低学年で別居し、10歳のときに離婚。思春期、彼は母親を「おばさん」と呼びはじめた。
「母ひとり、子ひとりの母子家庭だったので、精神的な部分での母子密着がすごかったんでしょうね。離婚のドタバタもあって小六まで一緒に寝ていましたし、小学生の頃は母親に強く依存していたと思います。でも思春期になって、そんな自分がすごく嫌になって……」
結果、自分と母親とを引き剥がすかのように使い始めたのが、「おばさん」という呼称だった。一方で、母親を理解したいという気持ちも強かった。
「母は、大手電機メーカーの正社員として勤務しながらも、高卒の一般職ゆえに会社では嫌な思いをすることが多かったのでしょう。会社から帰宅して、『悔しい』と泣くこともありました」
「そんな様子を見ていたからか、中学生ながらに社会学やフェミニズムに目覚め、宮台真司や上野千鶴子を読むように。『なぜ女性は女性だというだけで差別されなければならないのか』と考えたかったんだと思います。母親の苦労を言語化したい気持ちがあったんでしょう」
中学、高校に上がっても、家庭内に二人きりの密接な関係は続く。そのため、十分に心の距離が取れないまま、田端さんは相反するアンビバレントな思いを抱き続けた。
「何かと干渉してくる母親をウザいと感じながらも、“母親は自分だけに奉仕するもの”みたいな感覚は、ずっと持ち続けていたような気がします」
それは、いまだに続いている。
「いまでも、母親に相対すると思春期男子に戻ってしまうんですよね。素直になれなくて、『なんだよウザいな』みたいな接し方しかできない。一方で甘えも断ち切れていなくて、親は自分のことを愛していて当然だというような感覚もあるんです」
田端さんは、大学進学と同時に上京。故郷を離れてから今まで、母親との微妙な距離感は変わらないままだ。
たびたび電話をして『振り込め詐欺に気をつけろ』と忠告する一方で、年に1〜2回、一緒に行くと決めている国内旅行では、旅行代金をかなり多めに出してもらえるようせがんだりもする。
「でも、けんかばっかりしてるんですよ。いまだに、福岡にいたころのお互いの態度の問題で言い合いになって、電話を切ったりして。たまにオレは40にもなって何をやっているのだと思ったりもしますね(苦笑)」
「父親もいる家庭に育っていたら、思春期にもう少し母親と距離が取れて、今の関係も変わっていたのかもしれませんね。妻の方が、ときに受け流して、ときにおだてて、よっぽど僕の母親とうまくやっていますよ」と田端さんは話す。
彼は、いまも母親を「おばさん」と呼ぶ。
「事情を知らない周りの人には引かれるけど、特別な意味はないんですよ。急に『お母さん』とか呼んだら、母親ですら『何ね、あんた気持ち悪い』みたいなことを言うと思う」
母親との距離を取ろうと使い始めた「おばさん」。その呼称は、二人が積み重ねてきた不器用な愛情を示すようにも映った。

言えない本音は、すべて姉に打ち明けていた

東郷大地さんが遅れた反抗期を迎えたのは、大学生のことだ。
「高校時代まで、母は“唯一神”でした。逆らうことはもちろんなかったし、母の考えに違和感を抱いても『母が正しいはずだ』と自分に言い聞かせていた。母との関係が変わったのは、大学時代です。家を出て距離を置いたことで初めて母を相対化でき、母も1人の人間なんだと気がついた」
東郷さんは、山口県出身の25歳。3歳で両親が離婚。10歳年上の姉とともに母親に引き取られ、三人暮らしに。中学進学のタイミングで姉が家を出たため、思春期は母との二人暮らしだったという。父の記憶はほとんどない。
「中学校までは、無理をしてでも“いい息子”であろうと努めていました。母に金銭的、時間的負担をかけないようにと、いつも気を遣っていましたね。『勉強だけはしておきなさい』と言われていたので、真面目に学校に通っていて、成績も上位をキープしていました」
周囲は塾に通ったり、流行りのゲームで遊んだりしていたが、それらを母にねだることはなかった。ときに、さみしい気持ちを抑えることもあった。
そんな東郷さんを支えたのは、姉の存在だ。
「人に言えない本音は、すべて姉に打ち明けていました。さみしい気持ちも全部。姉とは、ずっとお互いに何でも話す関係なんですよ。中学までは週末に勉強を見てもらったりもしましたし、今でも頭が上がりません」
高校に進学してからも、母に報いたい、母を喜ばせたいという思いは途絶えなかった。それゆえ、自己主張はせず周囲と波風立てずに協調することをよしとする母の性格を、東郷さんは知らず知らずのうちに内面化していた。
「きっかけは、大学のゼミやサークル活動のなかで、自分には考えを伝えて人を動かすスキルが欠けているなと感じはじめたことでした」。東郷さんは転機を振り返る。
「例えば、アカペラサークルでライブを仕切る担当になったとき、僕は人の顔色ばかりうかがっていたんです。こうしたいという思いはあったけれど、それをどう伝えて、どうやって人を動かせばいいのかがわからなかったんですよね」

なぜだろう? その理由を考えた結果、はっと思い当たる。
絶対視していた母の考えは、ここでは通用しない。母が間違うこともある一人の人間なのだとわかったとき、東郷さんはあまりのギャップに苦しんだ。
だって、大好きな母が間違っているなんて思いたくない。
「以来、母をロジカルに詰めるようになりました。母に逆らったのは人生で初めてでしたね。単純に母親が間違っていることを指摘したい気持ちもあったけれど、とにかく母親を好きでいたいという気持ちで……」
母親が大好きだから、正しくいてほしい、好きでいられる母親でいてほしい。だからこそ、熱がこもりすぎることもあった。
「顔を合わせたときは、特に熱を帯びて。母も頑固なので、二人で何時間も議論することになるんですよ。帰省の際に夜中の3時ぐらいまで延々と話して、結局、あんまり理解してもらえずに『もういい!』って二階に上がる、みたいなことがあったり……」
母と本音でぶつかり合うようになった東郷さんは、今度は正論で母を言い負かした罪悪感に陥ったり、母親をストレスのはけ口にしているのではと悩んだりするようになった。
そんなときの相談相手は、やはり姉だった。
東郷さんは、「悩みを打ち明け合える姉という存在がなく、母親とずっと一対一だったら、どこかのタイミングで”モヤつき”をため込んでいたと思います」と回想する。
「過去を振り返ると、自分でもこじれそうな生育環境だよなと思うんです。でも、僕自身はいい育ち方をしたなと感じている。それは、僕たちが三人だったからかもしれませんよね。僕も姉も、互いを巻き込むことで、うまくガス抜きができていたのかもしれません」
東郷さんは、家族三人で暮らしていた時代、姉と母が言い合いをしている場面をよく覚えている。
「二人が口論になると、よく『大地はどう思う?』って話を振られたんですよ。その繰り返しで、僕たちは関係を良好に保ってきたのかもしれない」
東郷さんは、姉という相談相手がいたからこそ、真正面から母親と向き合うことができた。
昨年、姉の結婚式では、パートナーとの幸せそうな姿を見て、誰より号泣したそうだ。また一方で、「父に会ってみたい」という長年思い描いていた希望も実現させている。もちろん、母を大切に思う気持ちは変わりない。
同じひとり親家庭の親子関係でも、親と子の関わり合いの深さ、きょうだいやコミットする親戚の有無などによって、その家族のかたちはさまざまだ。
ただし、緩衝材になりうる人物がいるかいないかで、一対一の親子関係の風通しはかなり変わってくるのかもしれない。

一般的に、男性は家族のことをあまり語りたがらない。今回、インタビューに答えてくれる離婚家庭育ちの男性にめぐりあうまでは、長い道のりだった。
「人と深い関係を築くのが苦手なんでしょうね。普通はそういうのを家庭の中で学ぶんでしょうけど……」
取材中、鈴本さんが何気なく漏らしたこの言葉を、たびたび思い出す。
事実、家庭とは人間関係のトライアルアンドエラーの場なのだろう。しかし、男性からこんな言葉を聞いたのは初めてのことだった。
どこか心が満たされない“欠け”のようなものは、どんな人にもある。ただ、寡黙に強くたくましくあることを強いられがちな男性にとって、自らの“欠け”を抱いたまま生きる痛みは、女性のそれとは少し違うのかもしれない。
取材に応じてくれた3人の話を聞き、彼らが人知れず抱えてきた過去に、もう少し耳を傾けてみたいと感じた。
(取材・文:有馬ゆえ、編集:笹川かおり)

「国際結婚の離婚」が「親子関係の破綻」となってしまった理由

出典:令和元年5月24日 現代ビジネス

「国際結婚の離婚」が「親子関係の破綻」となってしまった理由

 結婚や離婚の取材を長年続けているライターの上條まゆみさん。「子どもがいる」ことで離婚に踏み切れなかったり、つらさを抱えていたりする人の多さに直面し、そこからどうやったら光が見えるのかを探るために、具体的な例をルポしていく。

 今回はアメリカ人男性と数年前に離婚した赤沢奈央さん(仮名・50歳)。アメリカ人の夫との離婚のあと、子どもに会えなくなっている女性の体験をご紹介しよう。

国際結婚件数が桁違いに増えていることに比例して、国際離婚件数も増加している。

国際結婚は増加の一途
 グローバル化の流れのなかで、国際結婚が増加している。1960年代は年間4~5千件、婚姻数全体に占める割合は1%前後であったのが、1980年代後半から増え始め、現在は年間2~3万件、3%前後で推移している。

 愛の前に、国籍の違いなど関係ない。それはそのとおりだが、夫婦関係が破綻し、いざ離婚となった場合、国際結婚ならではの問題に直面することもある。その一つが、子どもをめぐる争いだ。

 どちらの親が親権をもつか、面会交流はどうするか。国内結婚でも揉めるケースは多いが、国際結婚の場合は、より深刻な事態になりかねない。親権を得た外国籍の親が、国外へ子どもを連れて行ってしまう恐れがあるからだ。そうすると、日本に残された親は、思うように子どもに会えなくなる。しかし、単独親権、共同親権の問題は簡単に「黒か白」と言い切れる話ではない。

アメリカ人の夫と3年前に離婚
 50歳の赤沢奈央さんは、まさにその問題の渦中にいる。3年前にアメリカ人の元夫と離婚した奈央さんには、中学生になる娘が2人いるが、その親権は父親だ。

 上の娘は、いまは奈央さんと会おうとしない。発達障害の診断を受けており、考えが白か黒かの極端に偏りがちな特性から、「片親疎外(注)」の状態にあるのではないかと奈央さんは推測している。

 一方、下の娘は週に数回、交流している。奈央さん宅にごはんを食べに来たり、買い物に出かけたりなど、関係は良好だ。
しかし、元夫はまもなく娘2人を連れて、アメリカへ引っ越す予定だという。

 「元夫は、アメリカでの仕事が見つかりしだい、娘を連れて日本から引き上げると言っています。親権をめぐる裁判中は、『高校を卒業するまでは日本にいる』と約束したのに、です。でも、親権をもたない私には、それを止める術がない。それがいつなのか、もしかしたら既に仕事は決まっていて、明日にでも日本を発ってしまうのか。私は、その恐怖と闘いながら毎日を過ごしているのです」

注)片親疎外:両親の別居・離婚などにより、子どもと暮らしているほうの親が、もう一方の親に対するマイナスなイメージを子どもに吹き込み、結果として正当な理由もなく片親に会えなくさせている状況

国際結婚とハーグ条約
 こうした切ない状況の裏には、日本の親権制度と国際結婚ならではの問題がある。
アメリカなど欧米諸国では、一方の親が不当に子どもを連れ去ることは犯罪である。また、離婚後の子どもの親権は双方の親がもつ「共同親権」が原則なので、一方の親の了解を得ずに国外に連れて出ることはできない。「ハーグ条約」によって禁止されている。

 たとえば、アメリカで国際結婚をした日本人の妻が、離婚して子どもを日本に連れ帰ろうと思っても、子どもの共同親権者である夫がNO! と言えば、それはかなわない。

 一方で、日本国内での子どもの連れ去りは、あまり問題視されていない。結婚が破綻した際、妻が子どもを連れて実家に帰ってしまうなどというケースはいくらでもある。子どもを連れ去った側の親が「監護の継続性」の名のもとに親権を得るケースが多いことから、裁判所によって半ば容認されているとすら言える。 

 実は、先進国において、離婚後の子どもの親権をどちらか一方の親だけがもつ「単独親権」なのは日本だけだ。欧米諸国をはじめ韓国、中国などでも、離婚後の子どもの親権は「共同親権」、あるいは「単独親権」との選択制を採用している。

 つまり、日本も欧米諸国同様、「共同親権」であったなら、奈央さんの元夫は娘を連れて海外移住できない。「ハーグ条約」に引っかかる。

 子どもの居住地を決めるのは親権者だから、日本国内においても遠く引っ越してしまう可能性はあるが、日本の法に基づいて居住先を探すこともできるし、その気になれば追いかけて近くに住むこともできる。しかし、国外となると、ハードルは格段に高くなる。実際、昨年子の親権を同様に片親疎外で奪われて、相手親と子の海外移住を止められなかったもう一人の女性は、現在その子との連絡が全くとれず、安否さえもわからない状態に陥っている。海外に探しに行く予定だが、そうしても見つかる保証もない。
正社員になる約束を守らなかった
 奈央さんが元夫と知り合ったのは、20代前半。エンジニアとして会社勤めをしていた。3つ年上の元夫は外資系金融会社の契約社員で、日本に働きに来ていた。3年間の交際後、日本で結婚、そのまま日本に住んだ。

 しばらくは、それぞれの仕事に没頭して過ごした。30代後半になり、「子どもを産むならタイムリミットだ」と子どもをつくった。2歳違いで、2人の娘に恵まれた。

 「保育園に預けても、子どもは熱を出したりしますよね。それで夫婦で話し合い、私が在宅勤務に切り替えて子どものケアをすること、彼は一家の大黒柱として正社員の職を探すことを約束しました」

 しかし、元夫はその約束を守らなかった。奈央さんは不満が募り、苛立ち、そして口論が増えた。2人の仲は、みるみる崩れていった。

 「私は地方出身で、まわりに男尊女卑的な考え方をする人が多かったので、男女平等に徹する元夫がはじめは新鮮でした。でも、それは裏を返せば、頼り甲斐がないということ。子どもが生まれたというのに、自分が家庭を支えるという意識がないと感じてしまったんです」

 ある日、何度目かの大げんかをきっかけに、元夫は1人で家を出ていった。それでもほぼ毎日、家に来て朝ごはんを食べ、娘たちを保育園に送って行った。 

 子どもを真ん中に、両親それぞれが子育てにかかわる。娘たちが小学生になっても、こうしたゆるやかな別居生活は続いた。奈央さんは、子育てが終わるまではこのままでいい、と思っていた。ところが。

 「夏休みに10日ほど娘を預けたら、それっきり返してくれなかったんです。娘たちによれば、『ママと住んだら、もうパパには会えなくなる』と言われたそうです。幼かった娘たちはその言葉を信じてしまい、『ママにもパパにも会い続けるために、パパの家に住む』と。そんなことはないよと説得しても聞かず、会っても夜には元夫の家に帰ってしまうようになりました。そのうち、上の娘は私を避けるようになりました」

 性格の不一致を理由に、離婚裁判をおこされた。奈央さんは、離婚まではしたくなかった。子どものために、なんとか修復したかった。しかし、元夫は離婚を譲らない。
原審では、「子の真の望みは両親との近居である」として、離婚判決とともに、奈央さんが親権を得た。しかし、親権を求めて控訴された。その時点で娘たちが父親とともに暮らしていることから「監護の継続性」を主張され、杓子定規の判決しか出さないことで有名な高裁で親権はあちらに渡ってしまった。

 元夫は、離婚成立から数カ月後に、海外在住の女性と再婚した。

会えるのは、近くに住んでいるからなのに
 「親権がどちらであっても、下の娘とはこうして会えている。上の娘とも、時間をかけて関係を紡いでいくつもり。でも、それができるのは、近くに住んでいるから。そもそも高裁の判決は、『子どもが高校を卒業するまでは日本にいる』ことを前提に出されたものなのですから、そこは子のために守るのが親としての務めであるはずです」

 そこで、奈央さんはいま、親権者変更調停を裁判所に申し立てている。しかし、いったん決まった親権者を裁判所が覆すことは、命の危険でもない限り難しい。

 ただ、覆る可能性があるとすれば、海外からの動きだ。2018年、EU各国から日本の法務大臣宛に、子どもの連れ去りに抗議する書簡が出された。それを受けて、日本でも子どもの連れ去りに対する目がきびしくなれば、もしかしたら奈央さんの判決にも影響があるかもしれない。

 実はいま、日本でも「共同親権」を取り入れるべきだとの動きがある。法務省では、共同親権の導入について、すでに本格的な検討を始めている。ただし、虐待親から子どもを守るにはどうするのかなど繊細な問題は多い。

「親権は子どもを守り育てるための権利であるはずだが、現在の単独親権では一人の親のエゴを行使する権利として濫用されかねない。子どもには両方の親の愛を受けて育つ権利がある。親の離婚によって、子どもが片方の親との関係を失うなどということがあってよいのでしょうか」 奈央さんの問いは、元夫との関係性を超えて、国の法制度に向けられている。

親の離婚後も、子どもが 日仏の文化を享受できるように。

出典:令和元年5月19日 Ovni

親の離婚後も、子どもが 日仏の文化を享受できるように。

リシャール・ユングさん
日仏間「夫婦間のこどもの連れ去り」に取り組むフランス上院議員

 今年3月、国営テレビ局・フランス2は「Japon, les enfants kidnappés/日本、誘拐された子どもたち」というドキュメンタリーを放映した。そこでは、フランスで一緒に暮らしていた日本人パートナーが娘と日本に行ったきり戻ってこなくなったため、日本へ赴くフランス人男性を追っていた。彼は日本で元パートナーに娘との面会を拒否される。フランス法廷では2週間に1回の面会とバカンス期間の半分を子と過ごすことが認められたのに、日本ではその判決が効力を持たず、なす術がない状態だ。
 もう一人のフランス人は日本在住だ。予告なしに日本人パートナーが息子といなくなった。息子の居場所はわからないが、誕生日には息子の祖母の家にプレゼントを届けに行く。しかし受け取ってもらえない。裁判では月に4時間の面会が認められているが、それさえ拒否され、玄関先で面会の権利を主張し続けた挙句、警察に連行されてしまう…。
 日本は2014年に「ハーグ条約」を批准した。これは、一方の親がもう片方の親の同意なしに加盟国間の国境を越えて16歳未満の子どもを連れ去った場合は、子どもが元いた国に戻すことを定めた条約だ。例えばフランスに住む日仏カップルの片親が、もう片方の親の同意なく日本に子どもを連れ去った場合、子はフランスに返されなければならない。ところが日本では、それが必ずしも実行されていないことが、長い間、外国から問題視されてきた。
 フランスでこの問題に取り組んでいるのが、リシャール・ユング上院議員だ。フランス国外に居住するフランス人の代表として議員に就任した2004年に「子どもの連れ去り」の被害者団体から手紙を受け取った。それから15年間、毎年日本の国会や外務省、法務省などに赴いている。
「日本文化に根ざした問題なので、解決には時間がかかります。例えば日本では母親が子どもを育て、父親は口を出さない慣習があります」。フランスでは家庭内暴力(DV)などの場合を除いては夫婦が別れた後も共同親権となるが、日本は単独親権制(母親に親権が与えられるケースが8割)をとってきたこともあり、一人の親がもう片方の親の同意なく子どもを連れて出て行っても罪の意識は薄い。しかしながらフランスでは「誘拐」とみなされるなど、認識にズレがある。さらに、連れ去った親でも時間稼ぎをすれば「継続性の原則」が認められることが多いという。つまり、母親が子どもを連れ去り、子どもがその生活に慣れたら、その生活から子どもを引き離さず「継続させる」ことが優先されるのだ。また偽装DVで相手を子どもに近付かせないケースも見られるという。
 現在、子どもを日本人のパートナーに連れ去られたフランス人は50~60人ほど。しかし、これは日仏間の連れ去りで、日本国内での連れ去りは数に入っていない。今後は、日本国内の実情も把握できるようにしたい、とユングさん。子どもの連れ去りに関して日仏の司法が協力しやすくなるよう、フランス大使館に司法官を配置したり、日仏諮問委員会を作ることなども、フランスの法務・外務大臣に提案している。連れ去りで子どもに会えないアメリカ人は400人という数字には程遠いが、連れ去りはフランス以外の欧州の国からも問題視されていたため、欧州26カ国の大使は、昨年、上川陽子前法務大臣に対して状況改善の誓願書を送っている。
 日本のハーグ条約批准5年を機に、3月8日、子を連れ去られた親数名、仏外務省、法務省、国会議員、プレスなどを上院に招いて会議を行なった。子どもを連れ去られた人たちの状況は5年前とさほど変わっていないが、仏司法関係者との対話の機会を作るために日本の民法の専門家をフランスに招請することに日本が好意的だったり、今月になって日本の法務省が共同親権制度の導入を検討する意向であると報じられるなど、進展もみられるようだ。
 「日仏ふたつの文化や言語に触れられるのは子どもにとって豊かな経験です。親は、相手との別れによる傷を乗り越えて、子どもたちが日仏ふたりの親と彼らの文化を享受できるようにしてほしい。自分の子に会えないでいる日本の父親たちが抗議するようになったら、状況は変わってゆくのではないでしょうか」。(六)
 

離婚後も父母双方が「共同親権」導入 時間かけ検討へ 法務省

出典:令和元年5月19日 NHK

離婚後も父母双方が「共同親権」導入 時間かけ検討へ 法務省

離婚したあとも父母の双方が子どもの親権を持つ「共同親権」について、法務省は夏以降、海外の制度を参考にして導入の是非を時間をかけて検討していく方針です。
離婚したあとの親権は、日本では父母のいずれかが持つ「単独親権」が民法に規定されている一方、海外の先進国では父母の双方が持つ「共同親権」が主流となっています。

法務省はアメリカフランスなど欧米を中心とした24か国を対象に、親権制度の仕組みや運用の状況などの調査を進めています。

調査は7月ごろまで行い、その後、結果を参考にして共同親権の導入の是非を検討していくことにしています。

共同親権をめぐっては、導入されれば親子間の完全な断絶を防いで養育環境を作ることで子どもの心理的な負担を減らすことができるという指摘や、養育費の支払いが円滑化されるといった期待があります。

一方で父母の関係が良好でない場合には進学先などを決める際に対立して合意が得られず、結果的に子どもの利益を害するおそれがあるなど、課題も少なくありません。

夏以降の検討でもこうした点が議論になることが予想され、法務省は時間をかけて検討を進める方針です。

「共同親権」導入の是非検討 米仏など海外での制度調査

出典:令和元年5月17日 NHK

「共同親権」導入の是非検討 米仏など海外での制度調査
離婚したあとも父母の双方が子どもの親権を持つ「共同親権」について、法務省は導入の是非を検討するため、アメリカフランスなど海外の親権制度の調査を始めました。
離婚したあとの親権について、日本では父母のいずれかが親権を持つ「単独親権」が民法に規定されている一方、海外の先進国では父母の双方が親権を持つ「共同親権」が主流になっています。

こうした中で、法務省はアメリカフランスドイツなど欧米を中心とした24か国を対象に、親権制度の調査を始めました。

調査は7月ごろまで行われ、各国の制度の仕組みや「共同親権」を導入している国でのメリットやデメリットなど、具体的な運用状況も調べて、「共同親権」の導入の是非を検討していくということです。

山下法務大臣は「調査で得られた海外の運用状況も参考にしながら、離婚後の親権制度の在り方について、引き続き検討していきたい」と述べました。

離婚での子引き渡し手続き明確に 改正民事執行法が成立

出典:令和元年5月10日 共同通信

離婚での子引き渡し手続き明確に 改正民事執行法が成立
 離婚に伴う子どもの引き渡し手続きを明確化した改正民事執行法が10日、参院本会議で全会一致により可決、成立した。裁判所に引き渡しを命じられた親が現場にいなくても、引き取る側の親がいれば、執行官が強制的に子どもを引き渡せるようになる。改正法は一部を除き、公布から1年以内に施行される。
 国境を越えて連れ去られた子どもの取り扱いを定めた「ハーグ条約」に基づく国内ルール、ハーグ条約実施法も同様に改正。一方の親が母国などに子どもを連れ帰った際の迅速な問題解決につながることが期待される。
 改正前は差し押さえなどの規定で運用し、子どもを物扱いしていると批判があった。
 

共同親権制度の導入可否検討へ 法務省、7月末までに各国調査

出典:令和元年5月9日 共同通信

共同親権制度の導入可否検討へ 法務省、7月末までに各国調査

 法務省が、離婚後も父母の双方が子どもの親権を持つ「共同親権制度」導入可否の検討に入ることが9日、同省への取材で分かった。現行民法の規定は父母の一方を親権者に定める「単独親権」だが、双方が養育に責任を持つ共同親権を選べるようにすべきだとの意見がある。ただ異論も根強く、検討に先立ち、法務省は外務省を通じて7月末までに24カ国の制度を調査し、問題点を整理する方針だ。
 民法は親権について「婚姻中は父母が共同して行う」と規定。協議離婚の場合は協議で、裁判を経た離婚では裁判所が、父母の一方を親権者と定めるとしている。

子の連れ戻し迅速化/親不在でも可能に ハーグ条約対応、法案が衆院通過 居場所特定なお課題

出典:平成31年4月17日 日経新聞

子の連れ戻し迅速化/親不在でも可能に ハーグ条約対応、法案が衆院通過 居場所特定なお課題

国際結婚の破綻で一方の親が母国に連れ帰った子供を元の国に迅速に連れ戻せるようにする民事執行法改正案が16日の衆院本会議で全会一致で可決、参院に送付された。今国会成立は確実な情勢だ。子供の所在地がわからなくなっている場合、どのように特定するかなどの課題も残る。

子供を連れ戻すルールは、日本が2014年に加盟したハーグ条約に「強制執行」の手続きが定められている。強制執行は裁判所が引き渡しを命じた場合、家庭裁判所の執行官が代わりに子を保護する仕組みだ。
今回の改正案はこの手続きを迅速にする。引き渡しに応じない親に制裁金などを科して促しても応じないとみられる場合、一定期間を待たずに連れ戻しを認める。
保護する際、引き渡しを命じられた親が立ち会わなくても、申し立てた親がいればできるようにする規定もつくる。
制裁金などを科す「間接強制」の手続きを経なくても強制執行できるようになることから、子供を連れ戻す手続きの実効性は高まるといえる。
ハーグ条約への対応をめぐっては、米国務省が昨年5月に日本を「効果的な執行策がとられていない」とし、同条約の「不履行国」と認定していた。
課題は残る。その一つが子供の所在が特定できない場合への対応だ。連れ戻すのは容易ではない。国際離婚などが専門の本田正幸弁護士は「(今回の法改正は)子の所在が特定されていることが前提になっている」と指摘する。英国など欧米では捜査機関と連携している例もあるという。「制度のさらなる整備が必要不可欠だ」と語る。
子供の心身への配慮も欠かせない。衆院法務委員会での法案審議で、法務省は児童心理専門家が執行補助者として保護する場に立ち会えるとの見解を示した。
家族法が専門の早稲田大の棚村政行教授は「子の返還が実現しないケースが残れば再び米国に指摘されるだろう」と話す。
改正案は成立から1年以内に施行される。詳細な運用ルールにあたる最高裁判所規則を定める手続きも必要になる。

離婚後親権の運用実態、24カ国調査へ 法務省

出典:平成31年4月17日 産経新聞

離婚後親権の運用実態、24カ国調査へ 法務省

 離婚後も両親ともに子供の親権を持つ「共同親権」に関し、法務省は17日の衆院法務委員会で、外務省を通じ世界24カ国での離婚後親権制度の運用実態を調査すると明らかにした。7月末までをメドに調査を行い、共同親権を取った場合の問題点などを整理する。
 日本維新の会の串田誠一氏への答弁。法務省は平成26年度にも外部委託で制度調査を行ったが対象は9カ国だった。今回は共同親権の多い欧米だけでなく、インドなど単独親権国も含め東南アジアや中東、南米まで広く調べ、父母が対立して裁判所が調整を行う事例や、調整の平均所要日数なども調査するとした。
 日本は民法で単独親権を取っており、父母対立が子供の養育に影響するおそれがあるため、政府は共同親権は「慎重に検討する必要がある」(安倍晋三首相)との姿勢を崩していない。
 ただ近年、国際結婚の増加で離婚後に国境をまたいでトラブルになるケースがあるほか、離婚しても父母双方が養育に責任を負うようにするべきだとの声もあり、昨年7月には当時の上川陽子法相が「親子法制の諸課題について、単独親権制度の見直しも含めて広く検討していきたい」と述べ、共同親権との選択制などの検討を示唆していた。

 
以前の記事(平成30年4月1日以降)はこちらまで

以前の記事(平成30年3月31日まで)はこちらまで

更新 2019-10-14 (月) 17:22:07
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